「新訳」 イノベーションと起業家精神 上 ⑨
・それは何を意味するか
予期せぬ成功は、体系的に探究しなければならない。まず行うべきことは、
予期せぬ成功が必ず目にとまる仕組み、注意を引く仕組みをつくることである。
マネジメントが手にし、検討すべき情報のなかに、適切に位置づけることである。
そして、そのようにして提示された予期せぬ成功のすべてについて、マネジメントたる者は、
次のように問わなければならない。
(1) これを機会として利用することは、わが社にとつていかなる意味があるか。
(2) その行く先はどこか。
(3) そのためには何を行わなければならないか。
(4) それによって仕事の仕方はいかに変わるか。
したがって、予期せぬ成功を検討するために、特別の時間を割かなければならない。
また、予期せぬ成功を分析し、その利用法を徹底的に検討する仕事を誰かに担わせ
なければならない。
もちろんマネジメントは、予期せぬ成功が要求するものについて理解しなければならない。
予期せぬ成功は機会である。しかし、それは要求である。
正面から真剣に取り上げられるべきことを要求する。間に合わせではなく、優秀な人材が
取り組むことを要求する。予期せぬ成功は、マネジメントに対し、機会の大きさに見合う取り
組みと支援を要求する。
2 予期せぬ失敗
予期せぬ成功とは異なり、予期せぬ失敗は、取り上げることを拒否されたり、気付かずに
いることはない。しかし、それが機会の兆候と受け取れられることはほとんどない。
・失敗が教える機会の存在
もちろん予期せぬ失敗の多くは、単に計画や実施の段階における過失、貪欲、愚鈍、雷同、
無能などの結果にすぎない。だが、慎重に計画し、設計し、実施したものが失敗したときには、
その失敗そのものが、変化とともに機会の存在を教えることが多い。
製品やサービスの設計、マーケティングの前提となっていたものが、もはや現実と乖離するに
いたっているのかもしれない。顧客の価値観や認識が変わっているのかもしれない。
同じものを買っているが、違う価値を買っているのかもしれない。
かつては一つの市場、一つの最終用途であったものが、まったく異質の二つ、あるいはそれ
以上の市場や最終用途に分かれてしまったかもしれない。
それらの変化はすべて、イノベーションの機会である。
・外へ出で調べる
マネジメントとくに大組織のトップ・マネジメントは、予期せぬ失敗に直面すると、いっそうの
検討と分析を指示する。しかし、錠前のケースや「基本住宅」のケースが教えるように、それは
間違った反応ある。予期せぬ失敗が要求していることは、マネジメント自身が外へ出て、よく見、
よく聞くことである。
予期せぬ失敗は、つねにイノベーションの機会の兆候としてとらえなければならない。
トップ自らが真剣に受けとめなければならない。
・取引先や競争相手の成功と失敗
競争相手の予期せぬ成功や失敗に注意を払うことも、同じように重要である。
いずれも、イノベーションの機会の兆候として取り上げなければならない。
しかし、単に分析するだけでは不十分である。調べるためには出かけなければならない。
・分析と知覚の役割
本書のテーマであるイノベーションとは、組織的かつ体系的な仕事でもある。
もちろんイノベーションを行おうとする者は見聞きしたものを論理的かつ詳細に分析する
必要がある。知覚するだけでは駄目である。「知覚」というものが、単に「感じること」を
意味するのであれば、イノベーションにおいて知覚はまったく役に立たない。
なぜならば、そのような知覚は、「見えるもの」ではなく、「見たいもの」をみるにすぎない
からである。しかし、実験と評価を伴う緻密な分析といえども、その基礎となるものは、
あくまでも変化、機会、現実と認識のギャップなどに対する知覚である。
したがって、「分析できるほどはまだわからない。しかし、必ず見つけ出す。
外に出かけ、観察し質問し、聞いてくる」と言わなければならい。
予期せぬものは、まさに通念や自信を打ち砕いてくれるからこそ、イノベーションの
宝庫なのである。
・原因はわからなくてもよい
実際のところ、起業家たる者にとって、現実が変化した原因を知る必要はない。
先ほど述べた二つのケースの場合は、なぜ起こったかが簡単にわかった。
しかし、何が起こったかはわかっても、なぜ起こったかはわからないほうが多い。
だが、たとえそうであっても、われわれはイノベーションに成功することができる。
3 外部の予期せぬ変化
これまで、予期せぬ成功や失敗は、企業や産業の内部で起こるものとして論じてきた。
しかし外部の事象、すなわちマネジメントが今日手にしている情報や数字には表れない
事象も、同じように重要な意味をもつ。事実、それらの事象は、企業や産業内部の事象よりも
重要であることが多い。
・パソコンと本のスーパー
次にあげる二つの例は、外部の予期せぬ変化を利用して、イノベーションの機会とすることに
成功した典型的なケースである。
「独自でお読みください」
・多角化ではなく新たな展開を
外部の予期せぬ変化をイノベーションの機会として利用し成功するための条件は、
その機会が自らの事業の知識と能力に合致していることである。
小売業の能力がないものに書店チェーンなどの大量流通業に乗り出した企業は、
みな惨敗している。したがって、外部の予期せぬ変化といえども、既存の能力の新たな
展開の機会としてとらえなればならない。それまで携わってきた「自らの事業」の性格を
変えてはならない。多角的ではなく、展開でなければならない。
もちろん前述のケースに明らかなように、製品やサービス、流通チャネルのイノベーションの
追加も必要となる。
・大企業の優位性
消費者が、どこで、いかに消費しているかを示す数字をつねに見ている企業は、なんといっても
大企業である。大規模小売業はショッピング・センターが成功する条件をよく知っている。
彼らは、いかなるショッピング・センターがよいかを知っている。
言い換えるならば、機会は存在している。しかも、大きな機会がいくつも存在している。
とくにそれらの機会は、既存の大企業にとって大いなる約束となる。
しかし、そのようなイノベーションの機会を得るためには、幸運や感覚以上のものが要求される。
意識してイノベーションを求め、イノベーションのために組織し、そしてイノベーションのために
マネジメントすることが要求される。
この続きは、次回に。