[新訳]イノベーションと起業家精神(下) —-その原理と方法⑲
[終章]起業家社会
1 われわれが必要とする社会
○ 恵みは苦しみとなる。
われわれは、理論、価値など、人の心と手によるあらゆるものが、歳をとり、硬直化し、陳腐化し、苦しみに皮ことを知っている。
○ イノベーションと起業家精神を当然とする社会
かくして、経済と同様に社会においても、あるいはビジネスと同様に、社会的サービスにおいても、イノベーションと起業家精神が必要となる。
イノベーションと起業家精神が、社会、経済、産業、社会的サービス、企業に柔軟性と自己革新をもたらしてくれるのは、まさにそれが一挙にではなく、この製品、この政策、あちらの社会的サービスというように、段階的に行われるからである。われわれが必要としているものは、イノベーションと起業家精神が、当たり前のものとして存在し、つねに継続していく起業家社会である。
イノベーションと起業家精神も、われわれの組織、経済、社会における生命活動とならなければならない。そのためには、あらゆる組織のマネジメントが、イノベーションと起業家精神をもっても正常にして継続的な日々の活動、日常の活動としなければならない。まさに、マネジメントに課されたこのような課題を遂行するうえで、必要な原理と方法を提示することが、本書の目的だった。
2 機能しないもの
起業家社会において必要とされる政策と対策について考えると、最も重要なことは、機能しないものを明確にすることである。なぜならば、機能しない政策が今日あまりにも人気があるからである。
イノベーションは目的意識をもって行わなければならず、起業家精神はマネジメントしなければならない。しかしイノベーションは、その本質からして、分権的、暫定的、自律的、具体的、ミクロ経済的である。そして、小さなもの、暫定的なもの、柔軟なものとしてスタートする。
イノベーションの機会は、暴風雨のようにではなく、そよ風のように来て、去る。
○ ハイテクだけではない
今日、とくにヨーロッパでは、ハイテクの起業家精神だけをもとうとすることが流行っている。フランス、ドイツ、さらにはイギリスさえも、この前提のうえに政策を立てている。しかし、それは幻想である。それどころか、ハイテクのみを推進し、ハイテク以外についての起業家精神を敵視するという政策では、当のハイテクさえ生み出すことができない。そのような政策から生み出されるものは、もう一つの高価な失敗作、もう一つのコンコルドにすぎない。わずかな栄光と大きな赤字をもたらすだけであって、雇用も技術的リーダーシップも、もたらすことはできない。
○ 山腹のない山頂
そして何よりも、ノーテク、ローテク、ミドルテクにおける広範な起業家経済を基盤とすることなくハイテクをもとうとすることは、山腹抜きに山頂をもとうとするに似ている。そのような状況では、ハイテクの人間でさえ、リスクの大きなハイテクのベンチャー・ビジネスに就職しようとはしなくなる。すでに確立された大企業や政府機関の安定性を選ぶ。しかもハイテクのベンチャー・ビジネスは、たとえば会計、販売、管理など、ハイテクの技術そのものとは無関係の大勢の人たちを必要とする。
ハイテク以外のベンチャー・ビジネスは、ハイテクが必要とする資金を供給するうえでも必要である。知識によるイノベーション、とくにハイテクのイノベーションは、投資から収益までのリードタイムがあまりに長い。
ベンチャー・キャピタルへのアクセスが容易であって、起業家的なビジョンと起業家的な価値観をもつ、活力あるイノベーターや起業家であふれた経済がまず存在していなければならない。
3 必要とされる二つの社会的イノベーション
起業家社会を実現するためには、二つの領域において社会的イノベーションを実現することが必要である。
○ 雇用問題の解決
第一は、余剰労働者の問題を解決することである。
面倒を見るべき余剰労働者の数はさほど多くない。余剰労働者の三分の一は、早期退職制度の対象となりうる55歳以上の人たちであって、あまり心配しなくてもよい。また三分の一は、自ら職を探すことのできる30歳以下の人たちであって、同じくあまり心配しなくてもよい。しかし残る三分の一の人たちについては必ず、訓練し転職させなければならない。
○ 廃棄の仕組み
第二は、はるかに過激であって、まったく前例のない至難の業であるが、時代遅れとなった社会政策と陳腐化した社会的機関を組織的に廃棄する仕組みをつくることである。政治の世界だけは、依然として、政府が行うものは人間社会の本質に根ざすものであり、したがって永遠であるとの昔からの前提を堅持している。その結果、政府が行っている古くなったもの、陳腐化したもの、もはや生産的でなくなったものを切り捨てるためのメカニズムが存在していない。あるいは、新しいメカニズムは、まだ十分に機能していないというべきかもしれない。アメリカでは最近、法律や政府機関を一定期間後に廃止するというサンセット方式が導入されはじめた。しかしこのサンセット方式も、まだ十分に機能するにはいたっていない。今や、このサンセット方式を効果あるものとするための原理と方法を開発することこそ、最も重要な社会的イノベーションである。しかも、直ちに行うべきイノベーションである。社会はそれを待っている。
4 残された課題
しかし、これら二つの社会的イノベーションでさえ、例示にすぎないといえるかもしれない。その前に、政策、姿勢、とりわけ優先順位の大幅な見直しが必要である。そして何よりも、個人と組織が、柔軟たること、学習しつづけること、変化を正常なこと、かつ機会として受け入れる土壌をつくることが必要である。
○ 税制の見直し
たとえば、その一つが税制の見直しである。税制は、それが行動に与える影響だけではなく、社会の価値観や優先順位の象徴としても重要な意味をもつ。
起業家社会で必要とされていないものは、資金を昨日のものから明日のものへ移動しやすくさせる税制であって、現行のもののように、それを妨げ、罰する税制ではない。さらにまた、税制は、成長しつつあるベンチャー・ビジネスにとって最も重大な財務上の問題、すなわちキャッシュの不足を緩和するものとする必要がある。
○ ベンチャーを守る
われわれは、政府の新しい政策や措置のすべてについて、「イノベーションの能力を高める」「社会や経済の柔軟性を促進するか」「イノベーションと起業家精神を阻害し、罰することにならないか」を問わなければならない。
この続きは、次回に。