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ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学 ㊽

✔️ イノベーティブな起業家の条件

 

さて、このクリステンセン教授が見出した「イノベーティブな起業家」の4条件を見て、本書をここまで

読んで来たみなさんの中には、何かお気づきなった方はいないでしょうか。

これらの4条件は、本書でこれまで述べてきた、イノベーションや組織学習に重要とされる世界の経営

幹部の主張と、ピタリと当てはまるのです。

まず最初のクエスチョニングですが、これは第10章で紹介した、「サーチ行動」そのものです。

組織学習で重要なことは、何よりも現状を疑い、疑問を投げかけることです。

人や組織には認知に制約があり、自身は大きな世界を見ているつもりでも、実は非常に狭い世界しか

見えていません。

そして、その現状で満足してしまうと、サーチをしなくなり、結果として学習が起きなくなるのです。

その結果で、現状を常に疑い疑問を投げかけるクエスチョニングこそ、まず学習の第一歩といえます。

 

次に、エクスペリメンティングですが、これは第5章で紹介した「知の検索」そのものです。

まさに実験をして、自分から離れた新しい知を検索するわけです。

一方、「知の検索」に近いのが、オブザーヴィングです。一度、「ものになりそうだ」と分かれば、

それをじっと観察して「深堀り」する必要があるからです。

最後に、アイデア・ネットワーキングは、本書で何度も登場したトランザクティブ・メモリーの考え

そのものです。自分自身では疑問を解き明かせなくても、「誰が何を知っているか(Who knows

what)」を知っているから、その人に聞けばいい、という問題解決の方法がとれるわけです。

興味深いことに、この論文でクリステンセンは、これらの組織学習やイノベーションに重要な理論を

明示的に引用していません。しかし、彼がこの豪華なイノベーションたちから見出した四つの素養は、

まさに世界の経営学で(クリステンセン以外の)研究者の蓄積により見出されて来た知見と、見事に

合致するのです。

そう考えると、本書で紹介して来た様々な理論・概念は、やはりイノベーティブな起業家になるため

にも重要そうです。

手前味噌ですが、「成功する起業家精神」に関心のある方は、本書の該当箇所を読み返してみるとよい

復習になるかもしれません。

 

経営学ミニ解説 9 四つの不確実性

 

本書を通じてよく登場する言葉が、「不確実性」です。

実際、経営戦略論などは、極論すれば「ビジネスの不確実性にどう対処するかを考える分野」とすら

言えるかもしれません。

もし私たちが何も将来に不確実性を持っておらず、そのすべてを見通せるなら、戦略を立てる必要も

ないからです。

ビジネスとは常に不確実性に囲まれているものです。

そうであるにもかかわらず、私たちは「不確実性とはどういうものか」について、日頃それほど深く

考えないのではないでしょうか。

一方で経営学では、不確実性をどう捉えるかについて、経営学者の間で様々な考えが提示されています。

ここでは、その中でも私が「ビジネスパーソンの思考の軸になり得る」と考える、米メリーランド大学の

ヒュー・コートニーが1997年に「ハーバード・ビジネス・レビュー」に発表した“Strategy Under

Uncertainty”という実務家向け論文の考え方を紹介しましょう。

どう論文でコートニーは、ビジネスパーソンが直面する不確実性には四つのレベルがあると論じました。

レベル1は、そもそも不確実性が非常に低く、ほぼ将来が予見できる状態です。

この不確実性下では、従来の単純な計画法で十分通用します。

レベル2は、将来の完全な予見はできないが、「概ねこうなるだろう」という選択肢が複数に絞られる

場合です。意思決定者は、そのどれかを選ぶ(あるいは、複数の選択肢に資源を豆乳して失敗リスクを

下げる)といった思考パターンが重要になります。ちなみにコートニーによると、ミニ解説2や、第3章、

19章、20章で紹介したリアル・オプションは、このレベル2で有用な考えだそうです。

しかし私自身は、「リアル・オプション的な思考法」なら次のレベル3でも有用、と考えています。

そのレベル3とは、「選択肢に絞り込めるほどには将来を見通せないが、ある程度の確率と振れ幅で

事業環境の変化が予見できる」場合です。

コートニーによると、この不確実性が事業環境の多様な範囲にわたるため、将来を予見するための

拠り所すらない状況です。

そしてこの最も高次の不確実性下で求められる企業の態度として、コートニーは「積極的に市場を

かたちづくる」重要性を主張します。「もし企業が『市場をかたちづくる』なら、このレベル4の

不確実性は、むしろ低いリスクで高いリターンが得られる機会となり得る」とまで述べているのです。

この「市場を形作る」企業のことを、同論文ではシェイパー(Shaper)と呼んでいます。

不確実性が極度に高い時は、そもそも事業環境の変化を待ってから行動を起こす「受け身の戦略」は

機能せず、むしろ自らが積極的に市場をかたちづくり、他者を寄せ付けない革新を起こすことで高い

リターンを得られる、という主張なのです。

日本のどの業界がどのレベルの不確実性に囲まれているのかは、実証研究で調べるべき問題です。

しかし最近の日本は、規制緩和、IT(情報技術)技術の進展、少子高齢化への対応など、大きな変化が

様々なところで起きつつあります。

その意味では、レベル4の不確実性に囲まれている業界が増えてきているかもしれません。

そうであれば、受け身の戦略はますます通用しなくなり、そこで求められるのは「シェイバーの姿勢」と

いうことになります。みなさんも、ご自身を囲む不確実性がどのレベルにあるか、考えてみてはいか

がでしょうか。

 

 

この続きは、次回に。

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