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ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学 -53

✔️ ハーバードを見て米国のビジネススクールと思うなかれ

 

言わずと知れた世界最高峰の「研究大学」であるハーバード大学ですが、この大学のビジネス

スクール(ハーバード大学経営大学院;以下、HBS)は、他の研究大学のビジネススクールと比べると

特異な存在といえるのではないか、と私は考えています。

まず、HBSの教授陣を見ると、その中には「教育中心の教授」が少なからずいらっしゃいます

(もちろん他の研究大学にも教育中心の教授はいるのですが、HBSはその比率が高いといえます)。

もちろんこういった教授も、経営学教育では一流の素晴らしい方々です。

ディビット・ヨッフィーなどはその代表かもしれません。

ヨッフィーは、企業分析の有名なケースをいくつも書いており、それは世界中のビジネススクールで

教材として使われています。

そしてそれに加えて、実はHBSには「第三のタイプの教授」がいるのです。

それは、「『査読論文の数』という意味での研究業績はそれほど顕著ではないが、世界的に大きな

影響を及ぼしている経営学者」としての教授です。

他の学術分野—例えば物理学や経済学—に知見のある方なら、このことには驚かれるかもしれません。

なぜなら、(少なくとも米国では)一般に学術的な業績とは、学術誌に「査読論文」を掲載することに

ほかならないからです。

「査読」とは、審査のことです。学者が論文を学術誌に投稿すると、匿名の査読者(通常は同じ分野の

研究者)が審査をします。その審査に通った論文だけが学術誌に掲載されるのです。

このプロセスは、自然科学・社会科学のどの学術分野でもほぼ同じのはずです。

そして、その分野に重要な貢献をもたらした査読論文を多く発表した学者が、「影響力のある学者」と

なるのが普通です。経営学でも基本はこれと同様です。

先にも述べたように、米国上位の研究大学のビジネススクールにいる経営学者の重要な仕事は、

厳しい審査プロセスを経て査読論文を国際的な学術誌に載せることです。

にもかかわらず、その頂点にいるはずのHBSには「査読論文の業績はそれほど顕著ではないけれど、

世界的にはとても有名に経営学者」がいるのです。

 

そして、その典型がマイケル・ポーターなのです。

 

✔️ なぜポーターやクリステンセンは影響力があるのか

 

2012年10月にフォーチュン誌に掲載されたマイケル・ポーターの現在を紹介する記事は、興味深い

ものでした。

この記事では「地球上のどの経営学者よりも、世界中のエグゼクティブに影響を与えた人物(筆者

訳)」としてポーターを取り上げ、これまでの功績、そして今も精力的に活躍されている姿を紹介

しています。

他方でこの記事では、「経営学界で頂点を極めた人物としては大きなパラドクス」として、ポーターが

その39年間のキャリアで7本の査読論文しか学術誌に掲載していない事実も紹介しています。

私のような若輩が言うのは僭越きわまりないのですが、39年間で査読論文の数が7本というのは、

米国の研究大学にいる学者としてはきわめて少ないといえます(もちろん一本一本の影響力が

大きいということかもしれませんが、それでも数として少ないことは間違いありません)。

実はポーターだけではなく、「イノベーションのジレンマ」で有名な、同じHBSのクレイトン・

クリステンセンも、アカデミックな上位の学術誌への査読論文の掲載数は、私が知る限りそれほど

多くありません。このことは、第21章でも触れました。

では、ポーターやクリステンセンは、査読論文の数が少ないにもかかわらず、なぜこれほど「経営(学)に

影響を与えた学者」とされるのでしょうか。

これは認識ですが、ポーターやクリステンセンの大きな功績は、「黎明期の経営学に新しい考えを

打ち出し、その時代を切り開いた」ということに加えて、何よりも「その研究成果を一般の書籍として

発表して、ビジネスマンも含めた幅広い人々に影響を与えた」ことではないでしょうか。

このフォーブスの記事でも強調されているように、ポーターほど近代経営学に影響を与えた偉大な

学者はいません。そしてその影響は、査読論文以外の手段によるところが大きいのです。

その著書である『competitive Strategy』の引用数がとてつもない数になっていますし、MBAの授業で

使われる経営戦略論の教科書は、今でもポーターが生み出したコンセプトや分析ツールから始まって

いるものがほとんどあることは、第1章で述べました。

クリステンセンも同様です。第3章で書いたように、実は「イノベーションのジレンマ」は経営学研究の

世界ではそれほど重視されていないのですが、それでもイノベーションを生み出すことに悩む世の

実務家にこれほど影響を与えた本はないでしょう。

 

 

この手続きは、次回に。

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