お問い合せ

危機の時代 ジム・ロジャース ⑦

・山火事は世界のために森を再生している

 

危機は山火事のようなものだ。

山火事自体は恐ろしい。しかし、古い木々を一掃し、新しい森がより良く

成長することができる素晴らしい機会を提供する。

誰も山火事は好きではないし、それが起きることを望んでもいない。

それでも山火事は、世界のために森を再生している。

 

良いシステムは、誰かが失敗したときに賢い人々がやってきて、ダメになった

企業を立て直せるような仕組みになっている。

膿を出し切って打つべき手を打てば、会社は生まれ変わる可能性がある。

しかし、日本は1990年代にバブル経済が崩壊した際に、有能な人々にお金を

与えず、無能な人々にお金を与え続けた。

そして政府からお金をもらった無能な人々は、賢い人々と競争した。

もちろんこのようなことをしても、日本の経済が良くなるわけがない。

それが日本の経済がなかなか復活できず、長期的な停滞に苦しんでいる理由の

1つだった。

日本が悪いシステムを一掃しなかったので、最悪な結果が起きた。

失敗したことに気づいて以前のやり方を変えるならいいが、失敗した人々を

そのまま放置して支え続けるのは良くない。

それが日本という国だった。

日本は自分たちのやり方でものごとを進める。

その結果、借金が増え続け、出生率は低くなっている。

私は日本が大好きだ。

多くの人にとって、今の日本は素晴らしい国のように思える。

だが、あなたの子供にとって、未来の日本はきっと素晴らしい国でなくなるだろう。

 

・すべてを失った経験から得たもの

 

危機が起きると絶望する人が多いが、たとえすべてを失っても、復活することは

可能だ。実際に、私はかつてすべてを失ったことがある。

 

最初にすべてを失ったことは私にとっていい経験になった。

私の分析は素晴らしかったが、市場の変化を読みきれなかった。

それでも、私は多くのことを学んだ。

 

市場は時々狂ったように振る舞うということだ。

そしてそうなることを、誰もが知っていたわけではないことも学んだ。

市場は非常に不合理であり、人々の心理と行動によって大きく変化する

可能性がある。

残念ながら、私はこうした人々の行動について十分な注意を払っていなかった。

私は最初にすべてを失い、とても落ち込んでいた。

危機に直面すると、多くの人々がすべてを失うことになる。

投資をやめ、自殺する人さえ出てくる。

 

生きていれば食べていくために仕事を探さなければならない。

ジャーナリストになる人もいたが、私には投資を続ける意外に選択肢はなかった。

自殺する気はもちろんなかった。

とても不幸だったが、あきらめずに投資を続けた。

 

危機の時こそ、辛抱強さが問われる。ぜひ覚えておいてほしい。

最も重要な言葉は「忍耐」だと。

 

世界は成功していない賢い人々であふれている。

世界は成功していない才能あふれる人々だらけだ。

世界には成功していない美しい人々がたくさんいる。

 

世界には、成功していない人がたくさんいる一方で、成功している人は

決してあきらめない人だ。

ハーバード大学、プリンストン大学、イエール大学といった名門大学を

卒業しているかどうかは重要ではない。

辛抱できるかどうかが大事で、それができる人たちが人生において成功している。

 

・ニクソン・ショックが変えた世界

 

私が1970年に投資に大失敗した直後に起きた1971年の「ニクソン・ショック」だ。

当時のことを私はとてもよく覚えている。

当時のリチャード・ニクソン大統領が、米ドルと金の交換を一時停止すると

突然発表したのだ。

ニクソン・ショックが起きるまで、金と交換できる唯一の通貨は米ドルだった。

ドルは世界の基軸通貨として、国際通貨基金(IMF)を支えた。

ニクソン・ショックは、1940年代半ば以来続いてきた、ブレトン・ウッズ体制と

呼ばれる国際的な金融秩序が崩壊した瞬間だった。

 

市場ではドル売りが殺到。

日本銀行は必死になってドルを買い支えようとしたが失敗した(編集注:

ニクソンが同時に発表したのは、10%に輸入課徴金の導入だった。

米国への輸出に頼ってきた日本企業には当然打撃が大きかった。

日本の株式市場は崩壊し、ニクソン・ショック後のわずか1週間で日経平均は

25%も下落した)。

 

ニクソンが関税をかけたのは日本に問題があると考えていたからだ。

日本からの輸入が米国人の仕事を奪い、高い失業率や経済の不振につながって

いると見ていた。問題が起きると政治家は常に外国人を非難するものだ。

 

もちろん誰もが貿易戦争は悪いことを知っていた。

それでも米国の産業と雇用を守りたいと主張するニクソンの政策は国民に支持され、

米国の株式市場はしばらく上昇し、日本の株式市場はしばらく下落した。

だが、米国経済に本質的な問題があったことは明らかで、誰かにツケを

まわすのにも限界がある。

その後、1970年代に米国は高い失業率とインフレが同時に進行するスタグ

フレーションに突入した。

1973年のオイルショックが追い打ちをかけ、不況の長期化に苦しんだ。

 

スタグフレーション

 

不況にもかかわらず、世の中のモノやサービスの価格(物価)が全体的に

継続して上昇すること。

英語表記「stagflation」の日本語読みで、「stagnation(景気停滞)」と

「inflation(インフレーション)」の合成語です。

通常、不況時は需要が落ち込むことからデフレとなりますが、原油など

原材料価格の高騰などにより、不況にもかかわらず物価が上昇することがあり、

こうした状態が「スタグフレーション」です。

不況で賃金が上がらないにもかかわらず、物価が上昇するという厳しい

経済状態で、1970年代のオイルショック後に日本はこうした状態となって

いました。

情報提供:株式会社時事通信社

 

 

この続きは、次回に。

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