「孫子 抜粋」 ⑩
91. 掠郷分衆、廓地分利、懸権而動
郷(ごう)を掠(かす)めれば衆に分かち、地を廓(ひろ)げれば利を分かち、
権(けん)を懸(か)けて動く
敵の村を襲って戦利品を得たならば兵士たちに分配し、領地を拡げたならばその利益は
君主だけのものとしない。
天秤(てんびん)ばかりにかけるように公平を旨としなければならない。
92. 軍政曰、言不相聞、故為金鼓、視不相見、故為旌旗、
夫金鼓旌旗者、所以一人之耳目也
軍政にいわく、「言うも相聞こえず、ゆえに金鼓(きんこ)をつくる、視(み)るも
相見えず、ゆえに旌旗(せいき)をつくる」、それ、金鼓、旌旗は、人の耳目(じもく)を
一にするゆえんなり
古来の兵書は、「ことばで命令してもよく聞こえないから、金鼓を作ったのである。
また、手で合図してもよく見えないから、旌旗を作ったのである。」といっている。
だが、金鼓や旌旗の目的はそれだけでなく、人々の心を一つにするためなのである。
93. 人既専一、則勇者不得独進、怯者不得独退、此用衆之法也
人すでに専一(せんいつ)なれば、勇者も独り進むことを得ず、
怯者(きょうしゃ)も独り退くことを得ず、これ衆を用うるの法なり
全員が一体になっていると、勇敢な者でも勝手な抜け駆けをすることはできず、
臆病な者でも勝手に逃げ出すことはできなくなる。これが大勢の人間を管理する秘訣である。
94. 三軍可奪気、将軍可奪心
三軍は気を奪うべく、将軍は心を奪うべし
敵全軍の士気をくじけ。敵将の心を動揺させよ。
95. 朝気鋭、昼気惰、暮気帰、故善用兵者、避其鋭気、撃其惰帰、此治気者也
朝の気は鋭く、昼の気は惰(おこた)り、暮の気は帰らんとす、
ゆえに、よく兵を用うるには、その鋭気を避け、その惰帰(だき)を撃つ、
これ気を治むるものなり
人間の気力は、たとえば、朝は活発であり、昼はだれぎみとなり、夕方はそわそわしだすと
いうように、 一日のうちでも変化する。そこで、すぐれた戦い方は、敵が気力充実して
いるときは衝突を避け、敵が、だれぎみとなったり、そわそわしだしたときに、
これを攻撃するがよい。これこそ「気を治める」ということである。
96.以治待乱、以静待譁、此治心者也
治をもって乱を待ち、静をもって譁(か)を待つ、これ、心を治むるものなり
自分の心は整えておいて、相手の心が乱れるようにしむける。こちらは平静な心を保ちつつ、
相手の心が波だつようにしむける。これが「心を治める」ということである。
97.以近待遠、以佚待労、以飽待飢、此治力者也
近きをもって遠きを待ち、佚(いつ)をもって労を待ち、
飽(ほう)をもって飢(き)を待つ、これ力を治むるものなり
味方は遠征しないで戦力を蓄え、敵ははるばるおびき寄せて戦力を消耗させる。
味方は休養をとり、敵が疲れてやってくるのを待つ。味方は豊富な食糧を確保し、
敵は食糧難に陥るように仕向ける。
これが「力を治める」ということである。
98.無邀正正之旗、勿撃堂堂之陣、此治変者也
正正の旗を邀(むか)うることなく、堂堂の陣を撃つことなし、これ変を治むるものなり
隊伍を整えて突進してくる大軍と、真っ向から衝突してはならない。
威風堂々と進撃してくる大部隊に、正面からぶつかってはならない。
こういう強敵には変幻自在な戦術を駆使して対抗すべきである。
これが「変を治める」ということである。
99.高陵勿向、背丘勿逆
高陵(こうりょう)には向かうなかれ、丘を背にするには逆(む)かうなかれ
高地に陣取る敵や丘の斜面に陣取っている敵には、正面から向かっていってはならない。
100.佯北勿従、鋭卒勿攻、餌兵勿食、帰師勿遏
佯(いつわ)りて北(に)ぐるには従うなかれ、鋭卒(えいそつ)は攻むるなかれ、
餌兵(じへい)は食らうなかれ、帰師(きし)は遏(とど)むるなかれ
わざと逃げる敵を深追いしてはならない。精鋭な敵部隊をまともに攻めてはならない。
おとりの敵兵に飛びついてはならぬ。帰心にかられている敵は、防ぐ止めようとしないほうがいい。
この続きは、次回に。