認知症はもう怖くない ⑦
脳に不飽和脂肪酸を到達させる方法を探す
ホスファチジルコリンのもっとも重要な働きは、ホスファチジルコリンから産生される
不飽和脂肪酸がさまざまな神経伝達物質の放出を促進し、受容体の反応を増大させるということです。
ただ、不飽和脂肪酸そのものを体内に取り込んでも、肝心の脳には届きません。
不飽和脂肪酸は、いくら経口摂取しても体内ですぐに分解されたり、脂肪細胞や骨格筋細胞に
吸着されてほとんど脳に到達しないのです。
つまり、不飽和脂肪酸を経口摂取しても、頭を良くするといった働きは期待できないということです。
最近の研究でも、アルツハイマー病患者にドコサヘキサエン酸(DHA)を補充しても認知機能の低下は
防げないことが明らかになっています。
すなわち、DHAを含む青魚をいくら食べても、残念ながらアルツハイマー病には効果がないと
いうことです。
ホスファチジルコリンはその構造内に不飽和脂肪酸を含み、代謝されて初めて不飽和脂肪酸ができます。
つまり、脳内でホスファチジルコリンが代謝されると脳内で不飽和脂肪酸が産生され、
そこで効果を発揮できるのです。
この点で、不飽和脂肪酸そのものを経口摂取するのとは大きな違いがあります。
傘(不飽和脂肪酸)と鞄(飽和脂肪酸)を持った人(コリン)を「ホスファチジルコリン」としましょう。
雨降りに、その人(コリン)は傘(不飽和脂肪酸)をさしながら鞄(飽和脂肪酸)をもって目的地(脳)に
向かいます。目的地(脳)に到達すると、傘たてに傘(不飽和脂肪酸)を置きます。
このことはすなわち、不飽和脂肪酸が脳でホスファチジルコリンから切り離されるということを
意味しています。
神経伝達物質アセチルコリンが「減るのを防ぐ」よりも、増やすために。
アセチルコリンですが、副交感神経や運動神経に作用して、血管を拡げたり、消化を助けたり、
発汗をうながす働きをします。また、学習・記憶、睡眠などにも深く関わっていることが知られています。
認知症との関わりも、1970年代から80年代にかけて明らかにされています。
アルツハイマー型認知症の人の脳では、アセチルコリンを合成する酵素の働きが低下していることや、
アセチルコリンを神経伝達物質として利用する神経細胞(コリン作動性ニューロン)が極端に
減少していることが報告されています。
これらのことから、脳内でアセチルコリンが低下することが、アルツハイマー型認知症における
記憶障害などの主要な原因ではないかという、「コリン仮説」が生まれました。
コリン仮説に基づけば、脳内のアセチルコリンの量を増やせば障害が改善することになります。
そこで、脳内のアセチルコリンの量を増やすために、さまざまな薬が開発されました。
先ほど述べたアリセプトもそのひとつです。
コリン仮説に基づいたアルツハイマー型認知症治療薬には、他にイクセロンパッチ(成分名=
リバスチグミン)、レミニール(成分名=ガランタミン臭化水素塩酸)があります。
これらはすべて、アセチルコリンの分解を防ぐことで、シナプス結合部のアセチルコリンの濃度を
維持する薬です。つまり、アセチルコリンが減るのを防ぐ薬です。
一方、私が着目したホスファチジルコリンは、アセチルコリンの材料になるコリンを含んだ物質です。
つまり、「アセチルコリンそのものの量を増やす働きがある」と考えられるのです。
いってみれば、アリセプトなどコリン仮説に基づく認知症治療薬は、せいぜい現状維持か、
マイナスを最小限に留めるのが精いっぱいなのです。
それに対してホスファチジルコリンは、みずからの〝資産〟を増やしていく可能性が高いものです。
数字で表すなら、前者が100を守るのに汲々としているのに比して、後者は100の元手を120にも
130にも増やそうというものなのです。
この続きは、次回に。