池上 彰のやさしい経済学2 ニュースがわかる ③
かつてデフレは問題にされていなかった。
このようにして算出した消費者物価指数が上がり続けていればインフレ、下がり続けていれば
デフレということです。このところ何年にわたって日本では消費者物価指数が下がり続けています。
つまりデフレということがわかります。デフレというのは珍しい現象だったのです。
家計簿の実態:最近、9000世帯の家計調査が難しくなっています。
自分のプライバシーをほかの人に知らせるのは嫌だと言って、調査を断る人が増えてきているのです。
つまり、自分のところで何をどれだけ買ったのかだけではなく、1カ月の収入はいくらで借金は
いくらか何ていうことまで書かなくてはならないからです。
そのため、正確なデータを出すのが非常に難しい状態になっています。
外食費でいちばん多いのはビール代:1カ月間の家計の支出のうち外食に使う費用の比率はだいたい
現在5.55%です。家計の約5%くらいを例えばファミリーレストランや回転寿司などの外食に
使っているようです。その費用のうち、いちばん多いのは実はビールで1.19%だそうです。
外食して払う費用の5分の1はビール代だということがわかります。
そうするとビールの値段が上がれば全体の1.19%分の物価が上がるという計算ができるわけです。
こうした消費者物価というのがいくらか計算をします。
[補足講義] 時代によって変わる指数品目
深刻なインフレが起こった第一次世界大後のドイツ
ではなぜ、これまでインフレこそが大変なんだと考えられてきたのでしょうか。
それは過去インフレによって大変な自体が世界のあちこちで起きたからです。
典型的なのが第一次世界大戦後のドイツです。
ドイツと仲の悪かったフランスは、戦争で負けたドイツから徹底的に戦時賠償金を搾り取ろうとして、
ドイツがとても払えないような金額を取り立てました。
このときにイギリスの経済学者ケインズが、そんなに高額の賠償金を請求したらドイツ経済が
崩壊して大変なことになるからやめるべきだと助言しましたが、フランスはその助言を聞き入れ
ませんでした。
戦時賠償金:1919年にベルサイユ条約が調印され、フランスの要求により、ドイツは莫大な賠償金を
負担した。
ハイパーインフレ:物価がきわめて短時間に数倍、数十倍になるような激しいインフレのこと。
激しいインフレをきっかけに、また戦争が起こった。
第二次世界大戦でまたドイツが負けましたが、この教訓からヨーロッパの国々はドイツに対し
前のような賠償金を請求しませんでした。むしろドイツの経済を立て直す手伝いをしました。
ドイツの経済が順調に回復することによって混乱を避けることができ、戦争も起こらずに済んだのです。
デノミでインフレが解消する。
このときドイツでは何とかインフレをおさめようとデノミを実施しました。
ドイツはデノミによって一挙にインフレを解消しました。
そのため、激しいインフレになるとデノミを実施して一挙に国民の心理を冷まして平常心に戻し、
インフレを退治するということがよく行われています。
デノミ:デノミネーションの略称。通貨の呼称単位を切り下げること。
インフレによって商品の金額表示の桁数が増えすぎた場合に実施される。
北朝鮮のデノミ実施はインフレをまねいた
※ 省略致します。
デノミはインフレ退治に使われます。
なぜ北朝鮮のデノミは失敗したのか
※ 省略致します。
財政難のジンバブエがとった政策
※ 省略致します。
ジンバブエ共和国:1980年にイギリスより独立。
1987年よりムガベ大統領が就任。経済政策の失敗等によりインフレ、失業、貧困が続いていたが、
2008年のハイパーインフレにより経済が完全崩壊した。
ジンバブエのインフレはどうやって解決したのか
※ 省略致します。
自国の通貨に対する信頼が失われていくこと、通貨の価値が下がっていくこと、これがインフレ
なんですね。
円封鎖:1946年にとられたインフレ抑制策。預金封鎖(引出し猶予)、旧円の発行停止措置に加え、
新円を発行、1世帯月の預金引出し学を500円以内に制限した。
ジンバブエの通貨:2009年1月、複数外貨制を導入し、主として米ドルを使用。
ジンバブエドルの流通は停止された。
極度の経済混乱は収束し、12年ぶりに経済成長を記録したが、いまだ先行きは不透明である。
この続きは、次回に。