ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学 ⑧
第4章 成功しやすいビジネスモデルの条件とは何か
新しい事業を始めるうえで、ビジネスモデルの検討は欠かせません。
また、現状では先行きが厳しい既存企業が新事業を求めていることも、背景の一つなのでしょう。
しかし、では「優れたビジネスモデルの本質は何か?」という問いに、一体どのくらいの方が
答えられるでしょうか。
もちろん「それは企業によって異なる」ということかもしれませんが、「〜によって異なる」のであれば、
結局何の基準を頼って我々は新しいビジネスモデルを描いたらいいのか、分かりません。
では、世界最先端の経営学では、ビジネスモデルをどのように捉え、どのような知見が得られて
いるのでしょうか。
いまビジネスモデル研究を主要学術誌に最も多く発表しているのは、米ペンシルベニア大学の
ラファエル・アミットとスペインIESEのクリストフ・ゾットです。
本章は、この二人の一連の研究を中心に、「優れたビジネスモデルの条件」を考えていきましょう。
✔️ 学術的定義のない用語「ビジネスモデル」
そもそも「ビジネスモデル」とは何なのでしょう。
多くのみなさんが、この言葉を、ご自身なりの何となくの解釈で使っているのではないでしょうか。
実際、先のビジネスモデル本でも、その定義はバラバラでした。
実は、これは経営学も同じです。経営学者の間で「ビジネスモデル」について完全に決まった
定義は未だにありません。とはいえ、このままでは話が進みませんので、アミットとゾットが2001年に
「ストラテジック・マネジメント・ジャーナル」(SMJ)誌に発表した論文の定義を紹介しましょう。
「ビジネスモデルとは、事業機会を生かすことを通じて、価値を創造するためにデザインされた
諸処の取引群についての内容・構造・ガバナンスの総体である」(筆者意訳)。
この文の要素は五つです。
まず、(1) 価値の創造です。当然ながらビジネスモデルは価値を生み出さねばなりません。
そしてそのために(2) 社内外でどのような相手にどのような取引をするかを選び、
(3) それらを構造的に結びつけ、(4) その取引の担当主体(ガバナンス)を決めることになります。
さらに、(5) それら取引群の全体をまとめたデザインが、「ビジネスモデル」ということになります。
✔️ 優れたビジネスモデルの4条件
さて、このアミット=ゾットの2001年論文は、米アマゾン、イーベイ、MapQuest、Priceline、
欧州のAmadeusなど59のネット系企業を分析した結果、「価値を創造するビジネスモデル・デザイン」の
条件を帰納的に導出しています。
それは以下の四つです。
(1) 効率性(Efficiency)
従来よりも取引上のコストを抑えられるビジネスモデル・デザインのことです。
例えば、多くのB-to-C、C-to-Cのネット・ビジネスはこれを実現しています。
通常、人と人の対面取引は、相手の素性や情報が分からないことも多く、取引に余分な交渉・
契約のコストがかかります。しかし、例えばアマゾンや自動車取引のAutobytelなどは、
ウェブ上でユーザーに商品・取引相手の詳細な情報・評価を提供することで、そのような
取引コストを抑えているわけです。
日本なら、オンライン・フリーマーケットのサービスを提供するメルカリなどが、現在の
代表例でしょうか。
(2) 補完性(Complementarity)
複数の取引主体を結びつけることで、単体では得られなかった効果を得ること、いわゆる
「シナジー効果」です。
例えば現在、大手製薬メーカーとバイオ企業の間の業務提携が盛んですが、これは
「バイオ企業が開発した製品パイプラインを大手製薬会社の販路で販売する」という
ビジネスモデルを描こうとしているのが背景の一つです。
(3) 囲い込み(Look-in)
顧客を同業競合他社の製品・サービスに流出しにくくすることです。
典型例が、いわゆる「ネットワーク効果」を活用したビジネスモデルです。
例えば、なぜ多くの人々が好き嫌いにかかわらずマイクロソフト社のOS・ソフトウェアを
使っているのかというと、「皆がマイクロソフトの製品を使っているから、その互換性を考えると
使わざるを得ない」という側面があるからです。
(4) 新奇性(Novelty)
いわゆる「イノベーティブなビジネスモデル・デザイン」のことです。
これは技術的なイノベーションとは異なり、取引主体との関係性や構造に変革を起こすことです。
中でも代表的なのは、「それまで結びついていなかった取引主体同士をつないだり、
あるいはその関係を変えたりする」ことです。
例えば、近年流行している、クラウドファンディング系のビジネスモデルは、従来だったら
投資できないような小さなプロジェクトに、従来だったら投資しないような個人が投資すると
いう意味で、新しい主体と主体をつないでいます。
個人と個人(C-to-C)の間を初めてオークション取引でつないだのはイーベイです。
また米Priceline.comは、宿泊したいホテルの条件を顧客が先にし、そこにホテル側が提案すると
いう意味で、取引の構造を逆転させたといえます。
この続きは、次回に。