ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学 ㊹
第20章 日本の起業活性化に必要なこと(2) サラリーマンの「副業天国」
第19章に続いて、日本で起業を活性化するための処方箋を、最先端の経営学の視点から議論して
みましょう。
さて、最近は日本でも会社勤めの方々の中に、将来の目標として「いまする会社を辞めて起業」を
意識される方が多く出てくるようになりました。
他方で、起業に関心はあっても、及び腰の方も多いのではないでしょうか。
起業はリスクが高いですから、会社勤めで安定収入を得ている方には勇気がいることのはずです。
実は、最先端の経営学では、この起業リスクの軽減となる考え方が注目されつつあります。
それを、ハイブリッド・アントレプレナー(Hybrid Entrepreneurship)と言います。
本稿では「ハイブリッド起業」と呼ぶことにしましょう。
✔️ ハイブリッド起業家は、世界では珍しくない
ハイブリッド起業とは、「会社勤めを続けながら、それと並行して起業すること」です。
日本では、起業というと「会社を辞めて起業するか、辞めずに起業をあきらめるか」の二者択一と
思われがちです。
しかし世界的に見ると、ハイブリッド起業は極めて一般的な携帯であることが、近年の調査で
明らかになりつつあります。
例えば、英クランフィールド大学のアンドリュー・バーケたちが2008年に「スモール・ビジネス・
エコノミクス」に発表した研究では、英国の1万1361人を対象にした調査から、「安全に独立した
起業家(以下、フルタイム起業家)」よりも、会社勤めを続けながら起業する「ハイブリッド起業家」
の方が多いことを明らかにしています。
他の調査でも、フランスでは全起業家のうち18%、スウェーデンでは32%、オランダでは68%が
ハイブリッドとなっています。
1997年米Inc Magazineの「休息に成長しているスタートアップ500」特集では、500社のスタート
アップCEO(最高経営責任者)の2割が、「起業後もしばらくの間、前の会社で働いていた」と回答
しています。
著名起業家の中にも、ハイブリッド起業家の例は多くあります。
典型的なのが、米アップルの共同創業者であるスティーブ・ウォズニアックです。
もう一人の「スティーブ」であるジョブズが早々にアップルの事業に専念したのに対し、ウォズ
ニアックは創業後もしばらく米ヒューレット・パッカードにとどまっていたのは有名な話です。
ピエール・オミダイアもイーベイ設立後しばらくの間、ゼネラル・マジック社という企業に勤めて
いました。
ハイブリッド起業を始めて明示的に分析したのは、現米コネチカット大学のティム・フォルタ、
仏EMリヨンのフレデリック・デルマー、英インペリアル・カレッジのカール・ウェンバーグが
2010年に「マネジメント・サイエンス」に発表した論文です。
ハイブリッド起業は、世界の経営学でもようやく注目され始めた形態なのです。
✔️ ハイブリッド起業のメリットとは
ハイブリッド起業を説明するのにフォルタたちが用いたのもまた、リアル・オプション理論です
(リアル・オプション理論については、経営学ミニ解説(2)や、前章をお読みください)。
いずれにせよポイントは、この理論からは、「ビジネスの不確実性が高いほど、『小規模な部分
投資』がオプション価値(=戦略柔軟性の価値)を最大化する」という命題が導かれることです。
これを起業に当てはめてみましょう。まず、「起業して成功するかどうか」は不確実性が極めて
高いですから、いきなり会社を辞めて「自分の時間とキャリアのすべてを投資する」のはリスクが
高すぎます。とはいえ、リスクを恐れて全く起業活動をしなければ、「その事業アイデアがモノに
なるのか」が分からないままです。したがってリアル・オプションの最適解は、「今いる会社に勤め
続けながら、副業として小規模で事業を始め、『新事業がモノになるかどうか』の不確実性を下げ
る」ことになります。
しばらくして「新事実が本当にモノになる」と分かれば(いい意味で不確実性が下がれば)、会社を
辞めてもいいでしょうし、逆にダメそうなら、あきらめて元の会社の仕事に専念すれば良いという
ことです。
この話は当たり前に聞こえるかもしれません。しかし大事なのは、本書でなんとか述べているように、
リアル・オプションでは「確実性が高いほど、オプション価値が増大する」ことです。
不確実性が高いということは、失敗した時の下ぶれのリスクもありますが、成功した時の上ぶれの
リターンも大きいからです。したがって、将来IPO(新規株式公開)を狙うような壮大なビジネス
構想を考えている方ほど、「リスクを下げつつ、成功した時のチャンスが大きい」ハイブリッド起業
が、最適な選択になるのです。
この続きは、次回に。