人を動かす経営 松下幸之助 ⑥
・信用の道、商売の道—初めて東京へ売りに行って
※ 省略致しますので、購読にてお願い致します。
「原価は二十銭ですから、二十三銭にできないことはありません。
しかし、ご主人、この商品は私を含めて従業員が本当に朝から晩まで熱心に働いて作ったものです。
原価も決して高くついていません。むしろ世間一般にくらべれば相当安いはずです。
ですから、二十五銭という価格も決して高くはない、むしろ安いと思うのです。
もちろん、ご主人が見られて、この商品は値段が高いから売れないだろうと考えられるのであれば、
それは仕方がありません。しかし、そうではなくて、これで売れると思われるのであれば、どうか
この値段でお買い上げください」
「それは君、もちろん値段は高くはない。だから、これで十分売れると思う。
よしわかった、それでいいから買うことにしよう」
そういうことで、買ってくださるところもあれば、反対に買ってくださらないところもあった。
しかし、全体としては、ある程度の成果はあがったのである。
そういうことを毎月一回くり返していくうちに、東京の問屋さんの間で、私のことが話題に出るように
なったらしい。
「大阪の松下というところは、なかなかないい品物をつくる。そして値段もそこそこの値段である。
しかし彼の特徴は、なかなか値段を負けないことだ」
「そうそう。たしかにそうだ。松下はなかなか値を負けない。大体において一定の値を通している
ようだ。だから買う方としては安心して買える」
こういうような会話が、問屋さんの集まりなどでかわされるようになった、というのである。
つまり、初めは値段を高くつけておいて、値切られたら負けて安くする、ということであれば、買う
方としては、いくらで買うのが適切なのかわかりにくい。
自分は高く買わされたのではないか、ということで安心できにくい。
ところが、初めから適切妥当な値をつけておいて、値切られても負けない、ということであれば、
買う方としてはいつでも安心して買える。
もちろん、その値段が高いと思えば買わないことになる。それだけのことである。
だから値段をつける方は慎重になる。高い値はつけられない。
あらゆる点から考えて、適切妥当な値段を追求して、それをつけて売らねばならない。
そうすると、それで売れる。
問屋さんとしては、従来とはちがった、安心のできる生き方であるから、おおむね歓迎である。
そこに信頼感が生まれ、信用というのもいただけるようになった。
こういうところにも、一つの商売の道というものがあるのではなかろうか。
この続きは、次回に。