人を動かす経営 松下幸之助 ⑦
・ 熱意が人を動かす—小僧時代に自転車を販売
人の心を打ち、その心を動かすものは何か。
それは、もちろん、ときと場合によっていろいろなものがあろう。
理路整然とした雄弁が功を奏す場合もあろうし、また、声涙ともに下るような大演説が人の心を動かす
こともあろう。それは、さまざまだと思う。
しかしながら、いつの場合にもいえると思われることの一つは、やはり熱意というか熱心さという
ものの有無ではなかろうか。その熱意が真にあれば、おのずと外に出る。形にあらわれる。
そしてそれが、人の心を打つ。人の心を動かす。
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そのうちに、先方の番頭さんがしびれを切らせてやってきた。
「一割引きで買うと言ったのですが、どうなりましたか。負けてもらえないのですか」
ご主人はこたえた。
「いやそれなんですが、この子は帰ってきて、一割負けてあげてくれ、と言ってこのように泣いて
いるのです。今もどちらの店員かわからないではないか、と言っていたところです」
これを聞いて帰った番頭さんから報告を受けた先方のご主人は、
「それなら五分引きで買ってやろう」と言われた。そして後で私に「君が五代商会にいる間、自転車は
五代商会から買うことにしよう」と言ってくださった。
一割引きといっていた値段を五分引きでよいとしてくれたのみならず、今後も買ってやろうという
約束もしてくれたのである。
これは、いってみれば私が初めて自分で商売をし、販売に成功した経験である。しかも、大成功と
いっても良いような結果がもたらされたのである。
この結果は、一言でいえば、やはりいろいろな点から見て運がよかったからではあるが、販売それ
自体だけをとり出して考えてみると、これはやはり、熱心な説明なり態度が先方のご主人を動かし
たのではないかと思う。
熱意にあふれることばなり態度は人の心を打つ、人の心を動かす、ということではなかろうか。
そして私は、これが商売というものの一つのあり方だと思う。
商売というのは、単に物を売った買ったというだけのものではないと思う。
お互い人間同士が、誠心誠意、自分の仕事に打ち込んでいく熱意によって、心があれあい、心が
とけあっていく。そういうところから、本当の商売ができていくのではないかと思うのである。
この続きは、次回に。