人を動かす経営 松下幸之助 ⑩
・ 相談調が大事—人を活かす一つのコツ
企業であると団体であるとを問わず、人を使う立場にある人は、つねにどうすれば部下の人々に
喜んで働いてもらえるか、いろいろと苦心しておられると思う。
その点についても私なりに大切と思うことの一つは、やはり使う方の人と使われる方の人とが、
人間的な結びつきというか、人間的な融合というか、そういう精神と精神、心と心とがふれ合う
ような関係をつくり上げていくということである。
例えば、ある一つのことを人にやってもらうという場合に、単にそのことを命じればそれで事が
運ぶ、というように考えてはいけない。
指示し、命令することはもちろん必要だが、同時にまた、その指示や命令がどのように咀しゃく
され、受け入れられるか、その人の感情がその指示をどういうように迎えるか、というような
ことについて、よく考えつつそのことにあたるのでなければならない。
よく、世の中にワンマンとかいわれる人がある。ワンマンはとかく命令的に、一方的にものを
考える。むろんワンマンといわれる人は、いろいろな経験に富んだ人であるし、優れた人が多いと
考えていい。だから、だいたいその命令どおりにやってまちがいない場合が多いだろう。
しかし、そういう進め方ばかりしていると、それだけではどこか不満が残る。
力とか権威に圧倒されて、もう一つ心の底から共鳴できない、といったことになりやすい。
仕方なしに「じゃ、ついて行こうか」ということになる。
それでは本当にいい知恵が生まれるとか、本当の力が生み出されるということにはならないと思う。
だから、人に何か指示し、命令するにあたっては「あんたの意見はどうか。僕はこう思うんだが
どうか」というように、その人の意見に当てはまるか、また得心できるかどうかを、よく聞いて
あげなくてはいけない。
そしてその聞き方にしても、相手が返事のしやすいようにしてあげないといけない。
そういうところが一つのコツで、それが人を活かして使う上で非常に大事ではないだろうか。
私は、松下電器を興してからは終始人を使う立場に立ってきたが、それ以前には自転車店に奉公し、
電灯会社に勤めて人に使われる立場にも立ってきた。だから使われる人の気持ちというものはある
程度察する事ができる。
そういう自分の体験から、私は自分が人をつかう立場に立ってからも、命令を出すとか指示するに
ついては、できるだけ相談的にやるよう心がけてきた。
「ぼくはこう思うのだが、あんたはどう思うか」といった調子である。
そうすると、その人は一応自分の考えをいう。
その考えが「なるほど」と思えるものであれば「なるほど、わかった。そういうことであれば、
それはもっともだ。その点はこう考えてやろうやないか」というように、相手の考え方なり提案を
とり入れつつ仕事を進めていくようにするわけである。
そうするとそこには自分の提案が加わっているから、その人はわが事としてその仕事に取り組むよう
になる。勢い熱心さも加わるし、成果にも自ずとちがいが出てきて、案そのものが生きる事になるの
である。
私は、昔の封建的な時代であっても、やはり成功した人は、形の上では命令になっていても、根底では
たえず部下の者に相談し、部下と一体となって仕事をしていくというような行き方をとっていたと思う。
そこに成功があったと思う。
封建時代ではない今日においては、なお一層、そういう形をとらなくてはいけない。
その事が同時にまた、指示者の指示どおりに動くということにも転化するのである。
というのは、そのような上司と部下の関係ができれば、部下はつねに安心し、つねに信頼して仕事を
することができるようになる。すると、上司から言われることを、いつも素直に受け入れることが
できる。
つまり全くワンマン的というか、そういう姿がごくスムーズにその上司と部下の間に生まれてくると
いうわけである。
私は、そういう考え方をもって人を使っていけば、使われる者も幸せだし、使う者も非常に楽では
ないかと考え、できるだけ相談的に事を進めよう、これまで努めてきているのである。
この続きは、次回に。