人を動かす経営 松下幸之助 ㉕
・ 人間の尊さを知る—経営は人間が行うもの
経営といい、商売といっても、これは結局、人間が行うものである。
人間が行うものであるからには、経営や商売は人間をぬきにしては考えられない。というよりも
むしろ、人間を中心において考える、ということが非常に大切ではないかと思う。
人間あっての経営である。だからまず、人間というもののあり方を考えなければならない。
よき経営を実現しようと思えば、まず人間のよきあり方について検討しなければならない。
それが基盤になる。
私はかつて、ある雑誌の記者とのインタビューで、次のようなことを話したことがある。
「—-全ての面で、過当競争はいけない。今から四百年も前に、上杉謙信は敵将の武田信玄に塩を
おくっている。あの姿は過当競争ではない。実際に戦争をしていたにもかかわらず、過当競争に
陥らないだけの精神の高さを持っていたのだ。
もともと日本の武士道には、ヤミ討ちは卑怯である、という考えがあった。
意見が対立すれば、堂々と勝負する。正常な真剣勝負をする。
その際に、相手がつまづいてころんだりしても、立ちあがるまで待ってやる。ころんだら、これ幸いと
斬りつけたりはしない。また、相手が刀をとりおとしたならば、それをひろうまで待ってやる。
刀を持っていない相手には斬りつけない。そういう姿が、正しい勝負のやり方であった。
日本には、それほどの高い精神文化があったわけである。
ところが、今の日本ではどうか。ルールも何もない過当競争がまかり通っているのではないか。
これはヤミ討ちをしても良いというのと同じではないか。
武士道も人間道も地に落ちているのが、今日の一面の状態ではないだろうか」
すると記者が私に質問した。
「一体、今の日本人は何を忘れているのでしょうか。何を忘れているから、そういう姿があらわれる
のでしょうか」
私はこたえた。
「それは、人間の尊さ、人間の真の使命というものを忘れているからではないか。つまり、人間とは
何かということを十分に研究していないからではないかと思う」
「その人間の使命についてお話ししてください」
「人間の使命とは、考え方はいろいろとあるが、端的にいえば、人間が主人公になることである。
万物一切の主人公であるということを自覚することである。
その自覚をしないところから、いろいろな問題がおこってきているのだと思う」
「そういえば今日、情報化社会といって、コンピューターが万能のように言われていますが、やはり
コンピューターも人間も主人公として使うものですね。しかし、今の風潮はむしろコンピューターに
人間が使われているような感じがします」
「うっかりすると、そうなりかねない。だから、そうならないように、たえず反省し、人間の尊さと
いうものをみずから知る必要がある。お互いに知らないといけない。
あなたも私も人間として尊いのだ、ということを互いに確認しあわないといけないと思う」
「それはそうですが、実社会にはそれに反するような姿が多いでしょう。そういったこと以外の問題で
動いています。どこがおかしいのでしょう」
「ただ一つのあらわれた姿だけをみて、人間の本質はこうだというようには、なかなかつかめない。
人間が非常に尊いものだということを確認しあうだけでも、非常に大事である。
それができるだけでもたいしたものだ。けれども、それはなかなかできない。
指導者がそういうことを知っていたら、そういう指導をするだろうが、指導者がそれを忘れている。
だから、人間の尊さがわからなくなってくる」
まあこんなことをいろいろ話したわけであるが、人間の尊さを知るということが本当に大切だと思う。
〝企業は人なり〟とよくいわれるが、そのことばは、人間の尊さを知って初めて本当のものになる
わけである。
人間の尊さというものを真に理解することがなければ、いくら口で〝企業は人なり〟と言っていても、
それはより良い姿に結びついてこないのではなかろうか。
この続きは、次回に。