人を動かす経営 松下幸之助 ㊸
・ 見方を変える—自分の仕事の意義を考えて
お互い人間の仕事、職業というものはさまざまである。だれが見ても立派な、あこがれの的となる
ようなものもあろうし、必ずしもそうでないものもある。だから、人によっては、今の自分の仕事、
職業に対して、何かあきたらないもの、不満のようなものを感じている人もあろう。
それはそれで、人間だからやむを得ない面もある。
けれども、そうかといって、あきたらないものを感じたまま、不満をいだきながら働いていくという
ものでは、これはのぞましい姿とはいえない。やはり、お互い人間のかけがえのない人生だから、
その日その日を楽しく、充実させていくことが大切である。そのためにはどうすればよいか。
職を変えるのも一つの行き方であろう。しかし、変えたからといって、必ずしも満足のいく結果が
得られるとは限らない。どうすればよいか。
考え方はいろいろあると思うが、一つには、自分の仕事の意義というものを考えることである。
たとえば、アイスクリームをつくる機械の販売をしている人があるとする。
この人は、毎日毎日、あちこちを回って販売の仕事をくり返しているうちに、仕事がいやになってきた。
〝なぜ自分はこんな仕事をしなければならないのか。アイスクリームなど食べる人がいるから、こんな
ことをやっていなくてはならないのだ。
もうみんなアイスクリームを食べるのをやめてしまえばよいのに—-〟。
このようなことまで考えるようになった。しかし、こういうように考えていたのでは、自分の商売に
身が入らなくなるのは自明の理である。成績も上がらない。それでなおさらいやになってくる。
悪循環である。
こうした悪循環を断つためには、一つには自分の仕事の意義を正しく認識することが関心だと思う。
すなわち、〝このアイスクリームをつくる機械を手に入れたお客さんは、いつでも食べたいときに
アイスクリームをつくることができる。子どもたちのオヤツとしてつくれば、子どもたちも喜ぶだろう。
また奥さんも、一人で留守番しているときに食べれば、さびしさがまぎれるであろう。
いってみれば、この機械を売ることによって、家庭に喜びをもたらすことができる。だから、これは
喜びを広げる仕事をしているのだ〟というように考えるのである。
そう考えることは、こじつけでも何でもない。それにまちがいはないのである。
同じ一つのことでも、それをどう見るかという見方によって、いろいろとちがった見方ができる。
そうして、その見方によって、自分自身の気持ちが変わってくる。どういう見方をしようと自由である。
だから、少しでも自分のプラスになるような見方をすれば良い。それで、自分の人生も明るくなる。
だからこのアイスクリームをつくる機械の場合でも、家庭に喜びをもたらす仕事だという見方もできる。
そういう見方をすれば、これは有意義な仕事だから、大いに張り切って、力強く仕事を進めていかな
ければならない、という気持ちにもなってくる。それが人間というものである。
あとはただ、それをどれだけ自分自身が強い信念とするのか、という問題である。
心の底から、このアイスクリームの機械を売ることは、各家庭に喜びを広げていく活動であると信じ
たならば、自ずとその販売のしかたも変わってくる。力強いものとなる。
すると、さらに成績も上がって、まことに結構ということになる。こうなれば、悪循環は変じて、
良循環となる。
もちろん、いつの場合でもそう簡単にうまくいくとは限らない。
現実の問題としては、いくら自分が考え方を変えても、相手は変わっていないのだから、一ぺんに
うまくいくようなわけにはいかない。
けれども、従来とは異った力強さ、張りあいのようなものは徐々に生まれてくるのではなかろうか。
もう一つの例をあげれば、マージャンの道具をつくる工場につとめている人がいるとする。
この人は、マージャンの弊害というか、たとえば夜ふかしするとか、トバク的な行為に通じるとか
いったことを考えて、その道具をつくっている工場につとめていることがなんとなくすっきりしない。
〝自分は社会に害を与えるような仕事をしているのではないか〟という気がしてくる。けれども、
こういうことを考えていたのでは、この人も悪循環に陥ってしまいかねない。
だからやはり、プラスに結びつくような考え方をすることが必要である。すなわち、マージャンは、
一日の仕事で疲れた人たちがすれば良い気分転換になる。
マージャンを楽しむことによって、明日への意欲、活力もわいてくる。
だから、マージャンの道具をつくるということは、そういうように人びとの生活に活力を与え、喜びを
もたらす仕事なのだ、というような見方である。
そういう見方ができれば、これはもう気に病む必要もない。
堂々と、力強く働くこともできる。仕事の喜びも感じることができるわけである。
要は、どういう見方をするか、である。どういう見方をするかによって、物事が良くも悪くもなる。
だから、お互いにより良い見方をさがすことである。
周知を集め、自問自等をくり返して、それを求めていく。そういうことが、お互いの仕事の上でも、
経営の上でも、また人生の上でも大切なことではないだろうか。
この続きは、次回に。