田中角栄「上司の心得」㉒
● 「応酬話法」に磨きをかけよ
田中角栄が政治生命を賭けた前項の「日中国交正常化交渉」には、他にも
交渉に勝利するための要因が、一杯、詰まっている。
この正常化交渉は、何が起こるか、どう進展していくか、全く読めない
中での〝出たとこ勝負〟の感があった。
例えば、こんなことがあった。
実務者レベルの協議で、時の外務省の高島益郎条約局長が、日中間の賠償
問題について「日本が多数講話(サンフランシスコ平和条約)を結んだときに、
すべて解決している」と発信した。これに中国側が反発、高島局長を
「法匪(法律知識を悪用する法曹関係者)ととがめ、なんと国外退去を
出したのだった。
その直後の首脳会談で、田中は周恩来首相にこう詰め寄っている。
「代表団の一員が帰れと言われれば、全員が帰らなければならないことに
なる。それで、よろしいのか」
中国側も、できればこの交渉はまとめたいのがヤマヤマである。
周恩来はシブシブ退去令を撤回、交渉はギリギリのところで再開をみたの
だった。この背景にあったのは、田中は中国側もできることならこの交渉を
まとめたい意向であることを読み取り、〝全員帰国〟で切り返して見せた
ということであった。かく、交渉事のここ一番は、度胸とともに、相手の
厳しい主張、注文をどう切り返せるのかの「応酬話法」の出来いかんが、
大きく左右することを知る必要がある。
● 要因
物事がそうなった主要な原因。「事件の要因を探る」
● 進展
事態が進行して、新たな局面があらわれること。また、物事が進歩・
発展すること。「事件が意外な方面に進展する」「医学のめざましい進展」
● 多数講話
ある国が,交戦状態にあった諸国と単一・共同の条約を結んで行う講和を
いう。 これに対し一部の国を除く大多数の国と行う講和を多数講和,
個々の国と別個に行う講和を単独講和,分離講和という。
第2次大戦後の日本と連合国との講和は多数講和の例である。
● 法匪
法律の文理解釈に固執し、民衆をかえりみない者をののしっていう語。
● 文理解釈
法律の解釈において、条文中の語句や文章の文法的な意味を
重視する方法。⇔論理解釈。
● 応酬話法
お客の質問や反応に応答するための基本的なセールス・トーク。
お客の質問や反応には一定の型があり、そのタイプに応じて一定の答え方を
準備しようというもの。 お客を言いまかすことではなく、納得させて
ニーズを喚起するためのノウハウ。
この続きは、次回に。