田中角栄「上司の心得」㉔
● 「握手の効用」を軽視すべからず
相撲の立ち会いと交渉事の入り口は、その後の成否に置いてよく似ている。
相撲で立ち遅れれば、土俵際にズルズルというケースが多い。
名横綱・双葉山の相手の立ち会いを見て立つという「後の先」などは、
よほどの達人以外は通用しない。交渉事も相手に機先を制されると、交渉の
主導権を挽回する事はなかなか難しくなる。先手必勝は、どの世界でも
やはりかなり有効な戦法ということである。そこで、田中角栄がしばしば
外交交渉などの真剣勝負の場で見せつけたのが、迫力に満ちた握手による
〝先制〟ということであった。その田中における「握手の効用」を、
長く田中の秘書を務めた早坂茂三から、こう聞いたことがある。
「オヤジさん(田中)の手は、野球のグラブみたいでちょっとゴツイが、
掌(たなごころ)は柔らかい。外交交渉の勝負の場では、もとより負けは
許されない。勝機をつかむタイミングも、そう多くはない。
そこでオヤジさんは、こう出る。まず、交渉相手の目を凝視する。
そのうえで、ガツンと音がするくらいの力強さで握手に出るんだ。
それこそ、列車が連結するときのような力強さだ。相手は手がシビれる
とともに、強烈な先制を受けた一方で、この男は全力投球、体当たりで
この会談に臨んでいることを知ることになる。当然、相手も真剣勝負で
立ち向かってくる。こうなると、真剣勝負だから曖昧な結果は出ないと
いうことになる。オヤジさんの大小の交渉事にずいぶん立ち会ってきたが、
勝因の一端に、私はあの力強く握る先制の握手があったと見ている」
● 成否
事が成ることと成らないこと。成功するか失敗するか。
「結果の成否は問わない」
● 機先
物事が起ころうとする、また、事を行おうとするその直前。
● 主導権
主となって物事を動かし進めることができる力。イニシアチブ。
「主導権を握る」
● 挽回
失ったものを取り戻して、もとの状態にすること。回復。
「勢力を挽回する」「遅れを挽回する」「名誉挽回」
● 先制
先手をとること。機先を制すること。
「二点を先取し、まず先制する」「先制攻撃」
● 掌(たなごころ)
「掌を返すよう(たなごころをかえすよう)」
てのひらを返すように物事が簡単に出来ることのたとえ。
または、言葉や態度などをがらりと変えることのたとえ。
● 効用
1. 使いみち。用途。「うその効用」
2. ききめ。効能。「薬の効用」
3. 経済学で、消費者が財やサービスを消費することによって得る
主観的な満足の度合い。
● 真剣勝負
遊び半分ではなく、本気で勝ち負けを争って、勝者を決定すること。
また、物事に、まじめに全力で対処すること。
もとの意味は、竹刀しないや木刀ではなく、本物の刀で斬りあいをして
戦うということ。
● 先手必勝
戦いの局面で相手よりも先に攻撃を仕掛ければ、必ず勝てるということ。
▽「先手」は相手よりも先に戦いを始め、出鼻をくじくことによって
局面を有利にすること。
● 凝視
目をこらして見つめること。「闇 (やみ) の中を凝視する」
● 曖昧
1. 態度や物事がはっきりしないこと。また、そのさま。
あやふや。「曖昧な答え」
2. 怪しくて疑わしいこと。いかがわしいこと。また、そのさま。
「曖昧宿 (やど) 」
● 勝因
1. 勝利の原因。⇔敗因。
2. 仏語。すぐれた因縁。善果をもたらす善因。
この続きは、次回に。