お問い合せ

田中角栄「上司の心得」㉗

長い目で見れば増す信用度

 

田中自身は、この「イエス」「ノー」の即断について、こう語ったことが

ある。「たしかに、ノーと言うのは勇気がいる。しかし、逆に信頼度

高まる場合も少なくない。なまじ『もしかしたら』の期待感を持たされて、

結局ダメとなった場合は、落胆の度合いは深まる。失望感は、初めにノーと

断られた以上に倍加するものだ。イエス、ノーは、ハッキリ言ったほうが

長い目で見れば信用される。交渉事も、また同じだ」

こうした好例は、田中が首相時代の昭和48(1973)年10月の、当時のソ連

(現・ロシア)との北方領土返還に関わる外交交渉にも見られた。

時の交渉相手は、タフ・ネゴシエーターで知られたブレジネフ書記長で、

田中との間の首脳会談は激しいやり取りが展開されたものだった。

田中は領土返還交渉の本筋に入る〝前段〟の話し合いでも、昭和20(1945)年

8月9日、ソ連が6日の広島に続く長崎への米軍の原爆投下による敗戦必死を

見て取り、「日ソ中立条約」を破って侵攻してきた非をぶつけた。

そのうえで、中国は数百万人の抑留者を日本に送り帰したが、一方でソ連は

非道にも何十万人もの関東軍兵士をシベリア送りにしたではないかと、

日本人の持つソ連への許せない感情を臆することなくたたみかけたので

あった。ブレジネフはそれに対し、「中国の対応は、あれはメシを食わす

のが大変だから帰したのだ」と繰り返したが、田中はなおも「何を言うか。

多くの同胞は極寒のシベリアでろくにメシも与えられず、無念の思いで

死んでいったのだ」と、一歩も譲らなかった。こうしたあまりの田中の

剣幕に、ソ連側の関係者からは「アイツは極東の野蛮人」との声が出て

いたのだった。こうした〝前段〟のあと、いよいよ領土返還交渉に入った

のだが、ブレジネフはこんどは会談後に発表する日ソ共同声明の文言問題で

言を左右、「領土」の文言を入れることを拒否してきたのだった。

ここでも、田中は譲らなかった。ブレジネフの〝ゴリ押し〟に対して

迫力満点のノーの連発、ついには共同声明に「領土」の文言は入れら

れなかったが、「第二次大戦の時からの未解決の諸問題」との文言を

盛り込ませたのだった。

このとき田中の訪ソに同行取材をした政治部記者は、帰国後、こう言って

いた。

「田中は顔を真っ赤にして、ブレジネフにこう言ったそうだ。『〝領土〟の

文言が入らないなら、共同声明を出さずに帰国するつもりだ』と。

これは、中国での日中国交正常化交渉のときと、そっくり同じスタンス

だった。この一言で、ブレジネスは、ある程度、田中の意向を入れざるを

得なくなった。なぜなら、一方でソ連は経済共同開発を宙に浮かせることが

できないという事情を抱えていたからだ。ブレジネフの〝弱み〟を巧みに

読み切って交渉にあたった田中の、『ノー』の威力を見せつけた外交交渉

だった」

 

● 信頼度=確信度

 

信頼とは、信じて頼りにすること。頼りになると信じること。

また、その気持ち。「信頼できる人物」「両親の信頼にこたえる」

「医学を信頼する」

 

● 度合

 

物事の程度。ほどあい。

「減少の度合いが大きい」「緊張の度合いが高まる」

 

● 期待感

 

期待する気持ち。当てにする心持ち。

「期待感が高まる」「期待感が大きい」

 

● 落胆

 

期待や希望どおりにならずがっかりすること。

「審査に通らず落胆する」

 

● 失望感

 

期待がはずれてがっかりすること。また、その結果、希望を持てなく

なること。「失望の色を隠せない」「前途に失望する」

 

● タフ・ネゴシエーター(tough negotiator)

手ごわい交渉相手。

 

● 剣幕

 

怒って興奮しているようす。いきり立った、荒々しい態度や顔つき。

「すごい剣幕でどなり込む」「激しい剣幕を見せる」

 

● 野蛮人

 

1. 未開。 蛮人。

2. 粗野で教養がない。 不作法で粗暴な

 

 

 

この続きは、次回に。

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