田中角栄「上司の心得」㊾
● 「論語」も教えた部下育成の三要諦
「官僚に理解して仕事をしてもらうには三つの要素がある。
こちら(政治家)に、相手(官僚)を説得する能力があるか。
仕事の話に、こちらの私心、野心といったものがないか。
相手が納得するまで、徹底的な議論をやる勇気、努力があるか否かだ」
これが、「官僚使いの名人」と言われた田中角栄の、官僚という部下を
使いこなし、鍛える要諦でもあった。
田中は官僚をよく、「コンピューター」と呼び、その能力の高さを評価
していた。現行法を前提に、その枠内で考えさせれば、抜群の能力を発揮
するという意味であった。一方で、時代の変化に対応する法運用などと
なると、こちらのほうはなかなか融通が利かない。加えて、プライドは
人一倍高く、責任を取らされることを嫌うという〝人種〟でもあるだけに、
政治家側の対峙の仕方はなかなか難しいともしていた。
しかし、田中は冒頭のような三つの要素を駆使して、じつにこの官僚たちを
うまく使いこなしたのだった。世上、「田中は官僚をカネやポストで蹂躙
した」などとの声もあったが、それはあくまで一側面、田中という政治家の
本質をまったく分かっていない見方である。
なぜなら、官僚は能力が乏しいと見抜いた政治家には、表向きは呼吸を
合わせているものの、それ以上、積極的にその政治家のために働くという
ことはない。一方で、能力ありと見抜いた上司としての政治家には、
「公僕」として寝食を忘れても政策作りなどに汗を流すという特性がある
からだ。じつは、カネやポストなどで左右されるタチの悪い官僚などは
ほんのひと握りで、多くは冷静かつ優秀、秘めた情熱家が多いということで
ある。さて、こうした田中の官僚使いの要諦は、ビジネス社会でもそっくり
そのまま、部下に仕事をしてもらい、一方で育てることに通じることを
知っておきたい。政治家を上司、官僚を部下と置き換えると、ピタッと
はまるということである。
● 私心
1. 一個人としての気持ち。自分一人の考え。私意。「私心を述べる」
2. 自分一人の利益を図る心。利己心。私情。「私心を捨て去る」
● 野心
1. ひそかに抱く、大きな望み。また、身分不相応のよくない望み。
野望。「政治家になりたいという野心に燃える」
「政権奪取の野心をもつ」
2. 新しいことに取り組もうとする気持ち。「野心作」
3. 野生の動物が人に馴れずに歯向かうように、人に馴れ服さず害を
及ぼそうとする心。
「但し―改め難くして、情 (こころ) に猶予を懐けり」〈三教指帰・下〉
● 要諦
物事の最も大切なところ。肝心かなめの点。ようたい。「処世の要諦」
● 対峙
1. 山などが、向かい合ってそびえること。「谷を隔てて対峙する岩峰」
2. 対立する者どうしが、にらみ合ったままじっと動かずにいること。
「橋を挟んで両軍が対峙する」
● 駆使
1. 追いたてて使うこと。こき使うこと。「使用人を駆使する」
2. 自由自在に使いこなすこと。「最新の技術を駆使する」
● 世上
1. 世の中。世間。「世上のうわさ」
2. あたり一面。四方。
「―も静まりて門に立ちよれば」〈浮・一代男・二〉
● 蹂躙(じゅうりん)
ふみにじること。暴力・強権などをもって他を侵害すること。
「弱小国の領土を―する」「人権―」
● 公僕
広く公衆に奉仕する者。公務員のこと。「国民の公僕」
この続きは、次回に。