「人を動かす人」になれ! ㉕
28.反対されそうな指示を与えるときの私のやり方
成長のための時間を買う。わが社の主力であるモータ事業で、世界中の
あらゆるニーズに応えていこうと思えば、どんどん工場を建て、人を
育てて、技術やノウハウを蓄積していかなければならない。
しかし、これには長い年月を要する。わたしがもう二○歳も若ければ、
何としてでも一からやりたいところだが、それだけの時間的な余裕がない。
わたしがM&Aをフルに活用して、事業の拡大を図っている理由はここに
ある。
最近の数年間は、毎年数社というペースで企業を買い取って傘下に収めて
来た。その多くが日本を代表する大企業の系列会社で四○年、五○年と
いう歴史と伝統のある会社も珍しくない。
わたしは、一年から二年の間にこうした会社にわたしの考え方、つまり
永守イズムを浸透させることで、大改革、大改造を行ってきた。
利益の出ていなかった企業は利益が出るようにし、売れる商品のなかった
会社では売れる新しい商品をつくり、不良率の高かった工場では不良品を
激減させた。といっても、日本電産から新役員を送り込んだり、人員整理
などの外科手術はやらない。基本的には漢方薬と心理療法、つまりトップ、
役員を含めて社員構成は従来のままで、再建に取り組んできた。
ここに、わたしの人を動かす、あるいは組織を動かす思想のすべてが凝縮
されている。
その基本はフェィス・トゥ・フェイス。
最低でも一週間に一回、わたし一人が乗り込んで行き、役員を集めて彼らに
わたしの自身の言葉で語りかけ、わたしの経営や人事、品質やモノづくりの
考え方に沿って問題点をピックアップし、思い切った改善テーマを設定
する。そして改善の責任者と期限を決め、ただちに実行に移していく。
彼らにとってはこれまでのやり方を一八○度近く転換するのだから、当然
大きな抵抗もあるし、拒否反応を示す者もいる。
そのとき、あれこれ欲張るとすべてが中途半端になるので、ここでは一点
突破主義でやるのがポイントだ。必達するという意思さえあれば、これは
そんなにむずかしいことではない。
ここで誰の目にも明らかな成果さえあがれば、放っておいても同調者が
増える。組織、特に歴史や伝統のある企業ほど、上層部の意識が変わると
下の意識も急激に変わって、相乗効果が生まれてくるのである。
● M&A
M&A(エムアンドエー)とは『Mergers(合併)and Acquisitions
(買収)』の略です。M&Aの意味は、企業の合併買収のことで、
2つ以上の会社が一つになったり(合併)、ある会社が他の会社を
買ったりすること(買収)です。
● 傘下(さんか)
全体を一つの勢力としてまとめる指導的な人物や機関の下で、
その統制・支配を受ける立場にあること。翼下。
「―に入る」「―に置く」
● フェィス・トゥ・フェイス(face-to-face)
面と向かって行なうこと。 直接に行なうこと。
● ピックアップ(pickup)
拾い上げること。また、多くの中から、いくつかを選び出すこと。
「送迎バスで園児を―する」「主な話題を―する」
● 一点突破
特定の一点に対してのみ集中的に力を注ぎ、それによって活路を切り開く
ことを意味する語。しばしば、広範囲に平均的な成績を得ようとする姿勢
この続きは、次回に。