「人を動かす人」になれ! ㉙
32.やる気を出した男、出せなかった男のこの考え方の違い
日本電産が会社としてようやく軌道に乗りはじめたのは、創業して五年目
ぐらいからであった。その後もかなり長期にわたって、設備、資金、人材
不足に悩まされ続けた。必死の思いをして注文をとったが、数量がまと
まると機械や人がすぐに足りなくなった。大口の注文が入ると、どんな
工場が必要で、機械はどういうものがいるかというところから手をつける。
人も組立に二名、旋盤に三名足りないから、大急ぎで採用しようといった
具合だった。
まったく余力がないうえに、募集をかけても人がロクに集まらない。
そこで応募者はとにかく全員採用という無謀なことも何度かやった。
そうしたなかで、特に印象に残っている二人の対照的な人物がいる。
一人は、有名な大学を卒業し、その気に慣ればかなりの能力が発揮できた
と思うが、生まれついての強いコンプレックスがあり、それが後ろ向きの
発想となってすべての面であらわれてくるタイプだった。
これさえ克服できればと考えたわたしは、日曜日になると彼を自宅に呼び、
朝の一○時から夜の一○までかけて説得に努めた。
それで、何となくわかったという意思表示をするのだが、翌日になると
元の木阿弥になっている。これを何回となく繰り返したが、結局はわたしが
根負けをしてギブアップしてしまった。
それからしばらくすると、彼は会社に出てこなくなった。
もうひとりは、仕事に対する情熱が乏しく、勤務時間が終わるといくら
仕事が溜まっていようが、さっさと帰ってしまうタイプで、普段から
「辞める」「辞めたい」が口癖になっていた。
その彼がスキーに行って足を骨折し、病院に入院した。
見舞いで病院を訪れると、わたしの顔を見るなり泣き出した。
理由を聞くと、担当の外科医から「足を切断しないといけない」と宣告
されたらしく、生きていく希望も何もないようなことをいう。
わたしは、「あきらめずに、気力をしっかりと持て。捨てる神があれば
拾う神もある。足を切る以外に道がないとあきらめると、そうなる。
まだ方法はあるはずだ」と励ました。
わたしもあれこれとあたってみたが、しばらくすると彼は自分で探し出して
きた鍼灸院に通いはじめ、足を切断したり、手術することもなく完治させた。
以来、わたしの顔を見ると「社長、やっぱり気力がないとどんなことも
うまく行きません」と話しかけてくる。
スキーやサッカーをはじめ、スポーツや遊びには目のなかった彼だが、
この事件以来「仕事の鬼」に変身した。
こうした立ち直りのきっかけを与えるための努力も経営者、管理者にとって
欠かせない要件である。
● 木阿弥
いったんよくなったものが、再びもとの状態に戻ること。
[補説] 戦国時代の武将筒井順昭が病死した時、死を隠すために、その子
順慶が成人するまで、声の似ていた木阿弥という男を寝所に寝かせて
外来者を欺き、順慶が成人するや順昭の喪を公表したために、木阿弥は
再びもとの身分にもどったという故事からという。
● ギブ‐アップ(give up)
あきらめてやめること。降参すること。ギブ。「力尽きて―する」
● 捨てる神があれば拾う神もあり
世の中には、困っているときに非情に見捨てる人がいる一方で、思いが
けず助けてくれる人もいる。
[解説] 中世から類似の表現が確認できることわざで、古くは「すつる神
あれば引きあぐる神あり」といいました。
● 鍼灸院(しんきゅういん)
鍼灸院は、東洋医学の施術法のひとつである鍼灸施術を行なうところです。
「はり・きゅう」または、「しんきゅう」と呼ばれ、身体に約360個あると
言われるツボに鍼や灸を用いて症状を改善する施術法です。
この続きは、次回に。