ピーター・F・ドラッカー「経営者の条件」㊹
全国的な大手小売りチェーンの社長に六○歳を過ぎてからなった人がいる。
この人は二○年以上もナンバーツーだった。自分よりも年の若い外向的な
歴代の社長のもとで満足して働いてきた。社長になることなど考えたことも
なかった。しかし、ある日突然社長が急逝した。
そこでこの忠実な補佐役が後を継がなければならなくなった。
彼は、経理畑からスタートし、原価計算、購買、在庫、輸送等々の数字を
扱ってきていた。彼にとっては人間のほうがおよそ影のような抽象的存在
だった。そこで彼は、「自分にできて人にできないことで、もし本当に
うまくやれば会社を大きく変えるものは何か」と自問した。
そして彼は、彼にできる真の意味のある貢献は、明日のエグゼクティブを
育成することであるという結論を得た。すでに会社は何年も前から立派な
幹部養成計画をもっていた。しかし彼は、「計画だけでは何もできない。
私の仕事は計画が実施されるようにすることだ」と考えた。
それ以来、彼は週三回、昼食の帰りに人事部に立ち寄り、若い経営管理者の
個人ファイルをいくつか無作為に取り出した。部屋に戻るとファイルを
開けてその若者の上司に電話をかけた。
「ロバートソン君、ニューヨーク本社の社長です。あなたのところには
ジョー・ジョーンズという若い人がいますね。あなたは半年ほど前、
新製品の商品化を経験できるところへ配置転換すべきだと推薦しましたね。
なのになぜ、まだ実行していないんですか」というのだった。
そして次のファイルを開け、別の支店長に電話し、「スミス君、ニュー
ヨーク本社の社長です。あなたは、部下のディック・ロウという若者を
会計の勉強できるところに配置すべきだと推薦しました。推薦どおりに
配置換えされたことをいま知りました。あなたが若い人たちの育成に
努めておられることをどんなにうれしく思っているか、お知らせした
かったものですから」というのだった。
この人は、社長を数年つとめただけで退職した。しかし、十数年も経った
今日、彼に会ったことのないエグゼクティブたちまで、その後の会社の
成長と成功は、この社長のおかげであるといっている。
この続きは、次回に。