ピーター・F・ドラッカー「経営者の条件」㊿+25
何よりも成果をあげるエグゼクティブは、自分自身であろうとする。
ほかの誰かであろうとはしない。自らの仕事ぶりと成果を見て、自らの
パターンを知ろうとする。
「ほかの人には難しいが自分には簡単にやれることは何か」を考える。
ほかの人には厄介で嫌な報告書のとりまとめが簡単にできる者がいる。
ということは、意思決定者としてではなく、問題を整理するスタッフと
して成果をあげる人であるということになる。
自らが最初から最後まで一人でやったほうが良い仕事ができるタイプで
あることを知ることはできる。あるいは交渉事、特に労組との団体交渉の
ような人間的な要素を含む交渉が得意であるということも知ることが
できる。さらには労組からの要求内容を予測することが得意であると
いうことを知ることもできる。
通常、これらのことは人の強みや弱みについていうとき頭に浮かべること
ではない。強みや弱みというと、通常は専門分野に関する知識や実務に
関する能力についてである。しかし成果をあげるうえで、人の気質は重大な
要素である。普通の大人であれば自らの気質はすでに知っている。
したがって、自らが得意な方法で行うことによって成果をあげなければ
ならない。
強みを生かすことは、行動であるだけでなく姿勢でもある。
しかしその姿勢は行動によって変えることができる。
同僚、部下、上司について、「できないことは何か」でなく「できることは
何か」を考えるようにするならば、強みを探し、それを使うという姿勢を
身につけることができる。やがて自らについても同じ姿勢を身につける
ことができる。
成果に関わるすべてのことについて、機会を育て、問題を立ち枯れに
しなければならない。特にこのことは人事についていえる。
自らを含め、あらゆる人を機会として見なければならない。
強みのみが成果を生む。弱みはたかだか頭痛を生むくらいのものである。
しかも弱みをなくしたからといって何も生まれはしない。
弱みをなくすことにエネルギーを注ぐのではなく、強みを生かすことに
エネルギーを費やさなくてはならない。
さらに、人間集団の基準というものはリーダーの仕事ぶりによって決定
される。したがってリーダーこそ強みに基づいて仕事をしなければならない。
スポーツにおいても、新記録が出るとすぐに世界中の選手が新しい次元に
入っていく。長い間、誰も一マイルを四分以下では走れなかった。
ところがロジャー・バニスターが四分を切ったとたん、世界中で、町の
スポーツクラブの並の選手までが世界記録に近づき始め、一流選手たちが
次々と四分を切り出した。
人の世界では、リーダーと普通の人たちとの距離は一定である。
リーダーの仕事ぶりが高ければ普通の人の仕事ぶりも高くなる。
集団全体の成績を挙げるよりもリーダー一人の成績を上げるほうが易しいと
いうことを知らなければならない。したがって、リーダー的な地位、
すなわち標準を設定し基準を定める地位には、傑出した基準を設定できる
強みをもつ人をつけなければならない。そしてここでもその人がもつ最大の
強みに焦点を合わせ、その強みの発揮に妨げとならないかぎり、弱みは
関係ないものとして無視しなければならない。
エグゼクティブの任務は人を変えることではない。その任務は『聖書』が
タラントの例えでいっているように、人のもつあらゆる強み、活力、意欲を
動員することによって全体の能力を増加させることである。
● 立ち枯れ
草木が倒れずに、地上に立ったまま枯れること。
● ロジャー・バニスター
ロジャー・バニスター(Sir Roger Gilbert Bannister、1929年3月23日
– 2018年3月3日 )は、イギリス・ロンドンのハーロウ出身の陸上競技選手。
● 傑出(けっしゅつ)
多くのものの中でずばぬけてすぐれていること。「―した作品」
● タラント
題名の「タラント」とは、聖書にも出てくる言葉で、才能や 賜物( たま
もの )を意味します。2021/06/01
この続きは、次回に。