ピーター・F・ドラッカー「経営者の条件」㊿+41
第四にヴェイルは、一九二○年代の初期、その企業人としての活躍の
終わりに近い頃、ベルのための大衆資本市場を構築した。
これもまた民間企業としてのベルの存続のためだった。
企業が政府に乗っ取られるのは、社会主義によってよりも、むしろ必要な
資本を得ることの失敗によってだった。一八六○年から一九二○にかけて
ヨーロッパの鉄道が政府に乗っ取られた主たる原因も、必要な資本を
得ることの失敗にあった。
イギリスの炭鉱や電力の国有化の原因も、近代化に必要な資本を引き
付けられなかったことにあった。
第一次世界大戦後のインフレ期に行われたヨーロッパ大陸における電力
国有化も、その主たる原因は同じだった。
電力会社はインフレ対策としての料金値上げを行えなかったために、
設備の近代化と拡張に必要な資本を調達できなかった。
ヴェイルがこの問題の意味をすべて理解していたかは記録ではわからない。
しかし、ベルが当時の資本市場からは調達しきれないほどの巨大の資本を
確実かつ安定的に供給される必要のあることは理解していた。
他の公益事業、特に電力会社は、自社発行の有価証券に対する投資を
一九二○年代当時の唯一の投資家であった投機家にとって魅力あるものに
しようとした。彼らは、持株会社を設立し、親会社の普通株に投機的な
操作性と魅力を与えて長期の資金を調達するとともに、運転資金は主と
して保険会社をはじめとする伝統的な資金源から調達した。
しかしヴェイルは、そのような方法では健全な資金は得られないことを
知っていた。一九二○年代の初めに彼が生み出したAT&T(アメリカ電話
電信会社)の普通株は、法的な形式を別にするならば、それらの投機的な
株式とは何ら共通するところがなかった。
AT&Tの普通株は一般人のための株式だった。
〝サリーおばさん〟、つまり投資できる蓄えを持ちながらリスクを冒せる
金はもたないという、当時台頭してきた中産階級のための株式だった。
ほとんど確定したに等しい配当の付いたAT&Tの普通株は、確定利付債券と
同じように未亡人や遺児が買えるものだった。しかも普通株であるために
キャピタルゲイン(値上がり益)への期待とインフレ対策の意味もあった。
ヴェイルがこの新しい金融商品を考えた当時、実際にはサリーおばさん的な
投資家は存在していなかった。普通株を買う中産階級が現れたのはもっと
あとだった。当時の中産階級は貯蓄銀行や保険、抵当証券に貯蓄したり
投資したりしていた。思い切ったことをしたい人たちだけが、素人として
一九二○年代当時まだ投機的だった普通株を買っていた。
もちろんヴェイルがサリーおばさんを生み出したわけではなかった。
しかしやがて彼が、彼女たちを投資家にした。彼女たちの蓄えを彼女たちと
ベルの利益のために動員した。ベルがその後半世紀にわたって投資した
数千億ドルという資金は、この方法によって調達された。
そしてその間、AT&Tの普通株はアメリカとカナダの中産階級のマネー
プランにおいて中核的な役割を果たした。
この続きは、次回に。