P・F・ドラッカー「創造する経営者」⑬
とはいえ、事業がORや市場分析、高度な経理システムや複雑なコンピュータ
プログラムによる分析を必要とするほど複雑であり、しかもそれらの分析の
能力をもつ場合においてさえも、それらの分析は必要ないといっている
わけではない。しかし一般的にいって、この段階の分析においては、分析の
緻密さと分析結果の有効性の間にはむしろ逆の相関関係がある。
したがって「正しい結果を与えてくれる最も簡単な分析は何か。
最も簡単な道具は何か」を問わなければならない。
アインシュタインは、黒板よりも複雑なものは何も使わなかった。
つまるところ、白熱した議論と意見の対立を招くような分析においては、
分析の手法と道具を簡単なものにすることに力を入れなければならない。
さもなければ、分析の手法をめぐる延々とした似非議論によって、歓迎
されざる分析結果が葬り去られてしまう。あるいはまた、複雑で神秘的な
手法は無知と放漫さを隠す煙幕であるとする、多分にもっともな不信感に
よって一蹴されてしまう。
したがって、それらの分析を担当する者は、暫定的にせよ何らかの結論を
出す前に、しかも不確実な点、曖昧な点、意見の対立がある段階で、分析の
結果をトップまで上げなければならない。それらの判断を行えるのは
トップマネジメントだけである。なぜならば、それらの判断は事実に
ついての判断ではなく、事業そのもの、事業の将来についての判断
だからである。
✳️ COLUMN1
事業の分析は、少人数で短期間に行うことができる。ある中堅企業では、
経営幹部の1人が、各機能別部門から3、4人の仕事のできる若手を動員
して分析チームをつくり、半年でこの分析を行った。
使った数字は経理のデータと経済統計の数字だけだった。製品ラインの
将来性についての判断などその他のことはすべて、それぞれの担当役員に
直接聞いたという。問題によっては、小さなサンプル調査を行った。
例えばある製品の市場におけるリーダーシップを調べるためには、チームの
1人が、20人の営業部員と24社の販売店を面接調査するとともに外部の
シンクタンクに小規模の消費者調査を行わせた。
この分析チームは、全員そろって3週間ごとにトップマネジメントと各部門の
長に対して詳細な報告を行った。
分析項目のうち6つほどは、当初予定の半年では分析が終わらなかった。
特にそのうち2つについては外部の力を借りなければならなかった。
1つは、国内市場における流通チャネルの変化の調査であり、必要なORと
コンピュータ計算はコンサルティング会社の手を借りた。
もう1つは、海外市場における経済情勢、消費者行動、流通チャネルの
調査だった。
しかしこの2つの分析は部として、チーム結成後1年を経ずして、重要な
意思決定に必要な分析はすべて終了することができた。やがてこの分析を
担当した経営幹部は、上席副社長に昇進し経営企画を一手に担うことに
なった。そしてそのスタッフは、各部から3〜5年事に配属されてくる
4、5人の若手をもって構成されることになった。
ちなみに今日では、この企業はもはや中堅企業ではなくかなりの大企業に
成長している。
この続きは、次回に。