P・F・ドラッカー「創造する経営者」㊿-33
ここに、サービス産業の例が二つある。
ある大手生命保険会社では、三○代から四○代の中産階級、若手の経営者や
自由業の人たちのためにある新商品を開発した。
保険会社の考えでは、その保険の魅力は、被保険者がそれぞれの家庭の
状況やニーズに合わせて条件を変更でき、しかも保険料がかなり安い
ところにあった。しかし契約状況はほかの保険とあまり変わらなかった。
そこでマーケティング分析を行ったところ、何が悪いかが明らかになった。
それまでは、見込客が家にいると思われる唯一の時間帯である夕方から
夜にかけて営業活動をしていたが、客のほうはそのような時間帯に保険の
話で時間をつぶすことを嫌っていた。一日の仕事のあとでは放っておいて
もらいたかった。そのため営業担当者には説明の機会も与えられなかった。
だが、マーケティング分析は、そのような家の主婦は財政的な保障に
大きな関心をもち、わが家の経済状況について夫と同程度は知っている
ことを明らかにした。しかも彼女たちは昼間の時間が空いていた。
いまではこの新商品は、電話や手紙であらかじめ時間をもって、昼間主婦
たちに説明し、あとは彼女たちに夫への売り込みを任せるという方法で
好成績をあげている。
別の保険会社では、自動車、火災、家屋、家財、健康、傷害、生命保険
などをすべて一つの基本契約に盛り込み、一人の営業担当者が一度に売る
という完全な総合保険を発表した。しかしマーケティング分析を行った
ところ、顧客にとっては、傷害保険と生命保険はまったく違うニーズに
応える別の商品群に属するものであることが明らかになった。
いずれも名称が保険であるということは、保険会社や料率算定の専門家、
州政府の保険監督官にとっては意味があっても、一般人にとっては意味の
ないことだった。
そこでその保険会社では、この総合保険を損害保険と生命保険の二つの
パッケージに分割したところ契約が伸びたという。しかも最初から一緒に
なっていたら契約してくれなかったであろう人たちが、一方の保険を契約
したあと他方の保険も契約してくれた。
さらに、生命保険のパッケージに、保険ならざるもの、すなわち投資信託を
付加したところ、契約はさらに伸びた。生命保険は顧客にとっては金融
商品だった。投資信託は生命保険との組み合わせに適していただけでなく、
生命保険に投資プランの意味をもたせたのだった。
この保険は非常な成功を収めた。数年後にはシアーズ・ローバック傘下の
オールステート保険など六社が、この投資信託付き生命保険を発売するに
いたった。
これらは、再分類や定義の話ではなく、実際の行動の例である。
しかしそれらの行動は、マーケティング分析や知識分析によって事業の
暫定的診断を再点検した結果もたらされたものだった。
この続きは、次回に。