P・F・ドラッカー「創造する経営者」㊿-43
○ 理想企業の設計-目標と時間
理想企業の設計によって、企業活動の方向を設定することができる。
と同時に、活動と成果の双方について目標を設定することができる。
理想企業を設計した場合には、現実の成果による検証というフィード
バックが可能となる。したがって、たとえ当初に描いた理想企業に近づ
いていても、利益率の上昇が止まったならばその理想企業の設計その
ものの再検討が必要だということになる。
理想企業の設計そのものが、陳腐化してしまったのかもしれない。
最高の設計といえども、永久に有効ではない。
スローンの設計は、異常なまでに長期にわたって有効だった。
一九五七年のフォードによるエドセルの失敗まで三五年間有効だった。
フォードは、第二次世界大戦後スローンの設計を導入して再建に成功した。
そしてエドセルこそ、スローンの傑作たるGMを模倣した、フォードの
モデルだった。
理想企業の設計において重要なことは「現在」の意味である。
「現在」は個々の具体的な状況によって大きく変わる。
よい例が、カーチス・ライト社とマーチン社という航空機産業の二社が
たどった道である。カーチス・ライト社は一九四○年代の後半、アメリカ
第二の航空機用エンジンメーカーとし、民需、軍需ともにリーダー的な
地位を確立し、受注残も多く財務状況も良好だった。
マーチン社は特徴のない機体メーカーとして、借金も多く将来性もない
衰退しつつある戦時企業だった。
ところが、マーチン社では、新任のトップマネジメントがシステム技術の
開発を決定し、そのための「現在」を八年ないし一○年と定義した。
それよりも短期では、研究開発のための期間として意味がなく、費用の
回収も不可能だからだった。すなわち同社は、一九五○年のマーチン社
とは違ったもの、航空機メーカーではなく、宇宙開発関連メーカーに脱皮
しようとした。
これに対し、カーチス社は、そのような分析は行わず、第二次世界大戦
直後のまま、設計よりも生産に重点を置き続けた。
カーチス社の「現在」は一年ないし二年だった。
その結果同社は、業界一とも思われるほどの研究開発投資を行ったにも
かかわらず、一○年後には、存在していないのも同様の企業になって
しまった。
「現在」の定義が、二年以内に採算のとれないプロジェクトをすべて没に
してしまったからだった。同社の研究開発プロジェクトは、何一つ大きな
成果をあげられなかった。
対照的にマーチン社は、さほど多くもない研究開発投資によって、宇宙
開発機器メーカーとしてリーダー的な存在へと変身した。
同じように、市場にも「現在」という期間、すなわち市場における成果と
いう観点から意味をもつ時間的長さというものがある。
一九二○年代半ばにはGMは、自動車市場における「現在」を五年として
いた。一年はよい年、三年はまあよいという年、後の一年は悪い年だった。
これは中古車市場の事情によるサイクルだった。
GMはこの五年というサイクルに合わせて投資、業績評価、研究開発を
行った。
そして投資は、GM自身の公式の数字によれば、この五年という期間に
おける平均予想創業度八○%の場合の予想利益率によって決定していた。
この予想利益率が小さい場合、あるいは平均予想創業度が八○%以下の
場合は、投資を認めなかった。同様に研究開発も、小さな設計変更や
基礎研究を除き、最短三年、最長五年と設定していた。
これらの例が示すように、自社や産業にとっての「現在」という期間の
決定が、いかなる活動を行うかを決定する。この「現在」の期間よりも
短い期間に成果をあげようとする活動は、時間と人材や資金の浪費である。
逆にカーチス社のように、あまりに「現在」の期間を短いものにし、その
期間を超える活動をすべて禁止することは、不毛の宣告である。
理想企業の実現のための最善の方法は、大きな輪郭を描いてその実現に
着手したあと、順次に修正と改善を行っていくことである。
そのようにしなければ、書き直し、練り上げ、洗練しているうちに設計
そのものが陳腐化する。
重要なことは早く大きな成果をあげることである。事実、理想企業の
ビジョンに向かって進み始めるや、成果の向上のほとんどが実現される。
したがって、最初の一歩は大きなものとしてなければならない。
この続きは、次回に。