『成しとげる力』⑧
第3章 機微をつかめ! 人の心はこう動く
○ 母が教えてくれた、心の〝機微〟をつかむこと
人の心というものは、なかなか理屈では割り切れない、実にむずかしい
ものだ。理屈や正論だけで無理に人を動かそうとすると、かえって
反発をくらう。したがって、ほめ方、叱り方、注意の仕方、どんな場面で
あっても、心の機微をつかむことが必要になってくるのだ。
これがうまくいかないと効果は望めないし、ときに逆効果になること
さえある。
心の機微をつかむとはいったいどういうことか—-厳しさとやさしさと
いう相反する二つの性質を、時と場合に応じてバランスよく発揮して
いくということだ。叱るべき場面では徹底的に厳しく叱る。
しかし、叱りっぱなしではいけない。叱ったぶんの心配りを忘れない
ことだ。
一度叱ったら三倍のケアが必要だと心得ておいたほうがよい。
これは叱ることに限らないが、何事においても、バランスシートを
埋めていくように収支を合わせることが大切なのだ。
そのためには、人に対して興味と関心を寄せること。
そして、つね日頃から人の表情や反応、態度などを丹念に観察する
ことが必要になってくる。
○ 叱ったぶんだけの「心のケア」が必要
心のこもった手紙を書くには、その人物をよく観察して、よいところを
見つけてあげていなければいけない。日常の様子や仕事ぶりを見守り、
叱ったなら、それと同じだけ、あるいはそれ以上に、ほめてあげる
ことが必要なのだ。
そのようにして教育された人間はやがて、人を教育できる人間へと
成長していく。どんな人を育てるのかといえば、「人を育てられる
人」を育てるのだ。これができている会社は、必ず成長していくはずで
ある。
○ ほめることと叱ることのバランスが大切
○ 人との関係はどれだけ時間をともにしたかで決まる
人間関係というものは、どれだけ長い時間をその人とともに過ごした
かで決まる。世間には一度会っただけで「意気投合した」という人も
いるが、そんなものは上っ面の関係にすぎない。
何度も会って、話す。家庭のことなど仕事以外のプライベートのことも
話題にする。ときには激しく口論することもあるだろう。
こういったことをくり返していくうちに、「この人なら一緒にやって
いけるな」という気持ちがしだいに強くなっていくのだ。
そのためには、ある程度の時間軸も必要だ。私の場合、何でも腹を
割って話すことができる相手は、創業期から何十年もつきあってきた
部下だ。最大の理解者であり、私も彼らに絶大の信頼を置いている。
人と人とのつながり、よい人間関係をつくるための妙案はない。
自分の思いをしっかりと伝え、相手の思いもきちんと聞く。
そのことにどれだけの時間を費やしたかで決まるのだ。
そうした意味では、個人情報の保護にうるさい昨今、社員のプライバ
シーには極力触れないという世間の風潮には、つねづね疑問をもっいる。
そんなことで本当の意味で人材教育ができるだろうかと思うのだ。
ざっくばらんに社員と何でも話をしようと思えば、相手のあらゆることを
知る必要がある。たとえば、社員の身内に体にハンディのある人がいる
としよう。そのことを知らなければ、何気ない話でも、その社員を傷つ
けているかもしれない。知っていれば心配りができ、力になることも
できるのだ。
相手のプライバシーを把握していなければ、思い切って叱ることもでき
なければ、ほめることもできない。援助することもできないのだ。
この続きは、次回に。