「道をひらく」松下幸之助 ⑥
・さまざま
春が来て花が咲いて、初夏が来て若葉が萌えて、野山はまさに華麗な
装いである。さまざま、とりどりなればこそのこの華麗さである。
この自然の装いである。
花は桜だけ、木は杉だけ、鳥はウグイスだけ。それはそれなりの風情
はあろうけれども、この日本の山野に、もしこれだけの種類しかなか
ったとしたら、とてもこの自然のゆたかさは生まれ出てこなかったで
あろう。
いろいろの花があってよかった。さまざまの木があってよかった。
たくさんの鳥があってよかった。自然の理のありがたさである。
人もまたさまざま。さまざまの人があればこそ、ゆたかな働きも生み
出されてくる。自分と他人とは、顔もちがえば気性もちがう。
好みもちがう。それでよいのである。ちがうことをなげくよりも、
そのちがうことのなかに無限の妙味を感じたい。
無限のゆたかさを感じたい。そして、人それぞれに力をつくし、人それ
ぞれに助け合いたい。
いろいろの人があってよかった。さまざまの人があってよかった—-。
・真剣勝負
剣道で、面に小手、胴を着けて竹刀で試合をしている間は、いくら真剣に
やっているようでも、まだまだ心にスキがある。打たれても死なないし、
血も出ないからである。しかしこれが木刀で試合するとなれば、いさ
さか緊張せざるを得ない。打たれれば気絶もするし、ケガもする。
死ぬこともある。まして真剣勝負ともなれば、一閃が直ちに生命に
かかわる。勝つこともあれば、また負けることもあるなどと呑気な
ことをいっていられない。勝つか負けるかどちらか一つ。
負ければ生命がとぶ。真剣になるとはこんな姿をいうのである。
人生は真剣勝負である。だからどんな小さなことでも、生命をかけて
真剣にやらなければならない。もちろん窮屈になる必要はすこしもない。
しかし、長い人生ときには失敗することもあるなどと呑気にかまえて
いられない。これは失敗した時の慰めのことばで、初めからこんな
気がまえでいいわけがない。真剣になるかならないか、そのどあいに
よってその人の人生はきまる。
大切な一生である。尊い人生である。今からでも決しておそくはない。
おたがいに心を新たにして、真剣勝負のつもりで、日々にのぞみたい
ものである。
● 一閃(いっぺん)
ぴかっと光ること。ひとひらめき。
この続きは、次回に。