「道をひらく」松下幸之助 ㉚
・止めを刺す
昔は、いわゆる止(とど)めを刺すのに、一つのきびしい心得と作法が
あったらしい。だから武士たちは、もう一息というところをいいかげん
にし、心をゆるめ、止めを刺すのを怠って、その作法にのっとらない
ことをたいへんな恥とした。
ものごとをしっかりとたしかめ、最後の最後まで見きわめて、キチンと
徹底した処理をすること、それが昔の武士たちのいちばん大事な心がけ
とされたのである。その心がけは、小さいころから、日常茶飯事、箸の
上げ下げ、あいさつ一つに至るまで、きびしく躾けられ、養われていた
のであった。
こんな心がけから、今日のおたがいの働きをふりかえってみたら、
止めを刺さないあいまいな仕事のしぶりの何と多いことか。
せっかくの九九パーセントの貴重な成果も、残りの一パーセントの
止めがしっかりと刺されていなかったら、それは始めから無きに等しい。
もうちょっと念を入れておいたら、もうすこしの心くばりがあったなら—–
あとから後悔することばかりである。
おたがいに、昔の武士が深く恥じたように、止めを刺さない仕事ぶりを、
大いに恥とするきびしい心がけを持ちたいものである。
● 止めを刺す
① 人などを殺す時、死を確実にするために、喉(のど)や胸などの
急所を刺して息の根をとめる。
② それにまさるものがない。 それに限る。
③ 決定的な打撃を与える。
● 日常茶飯事
お茶を飲んだり、食事をしたりする事と同じように毎日おきている
事を言います。2020/04/06
● しぶり【仕振り/▽為振り】
物事をする仕方。やりかた。しぐあい。「話の―が堂に入っている」
・カンを働かす
剣を持って相向かう。緊張した一瞬、白刃がキラめいて、打ちこむ、
はねる、とびすさる。目にもとまらぬ早わざである。
そこには理屈はない。相手の刃が右手から来た、だからこれを右に
はねかえそうと、などと一つ一つ考えて打ち合っているのではない。
目に見えぬ気配から、からだ全体にひらめく一瞬のカンで、トッサの
動きがきまってゆく。しかもそれは、理屈で考えた以上の正確さ、
適確さを持っているのである。
カンというと、一般的には何となく非科学的で、あいまいなものの
ように思われるけれども、修練に修練をつみ重ねたところから生まれる
カンというものは、科学でも及ばぬほどの正確性、適確性を持っている
のである。そこに人間の修練の尊さがある。
世に言われる科学的な発明発見の多くのものは、科学者の長年の修練に
よるすぐれたカンに基づいて、そのカンを原理づけ、実用化するところ
から生み出されている。つまり、科学とカンとは、本来決して相反し
ないのである。
要は修練である。錬磨である。カンを働かすことを、もっと大事にして、
さらに修練をつみ重ねたい。
● とびすさる
すばやく後ろへさがる。
● 修練
人格・学問・技芸などが向上するように、心身を厳しく鍛えること。
「―が足りない」「―を積む」「武道を―する」
● 錬磨
この続きは、次回に。