続「道をひらく」松下幸之助 ⑦
○ 如月(きさらぎ)
・冬の夜
冬の夜。外は木枯し。粉雪が舞う。闇の中空で笛のような風の音が走り
去るとともに、雨戸にサッと粉雪の刷毛。凍り切った自然のざわめきの
なかにも、シンとした静けさがしみとおって、思わず居ずまいを正した
くなる。
いろいろのことが頭に浮かび、まとまりもなく流れてゆく。幼き日の
一コマであったり、大動乱のあの日のことであったり、去りし日の父母の
顔であったり昨日の友の顔だったり。音なく声なく言葉なく流れゆく。
走馬灯とはこのことか。
シンシンとしのびよる底冷えのなかで、思わぬ身ぶるいが背すじを走り、
肩をすぼめる。無性に人がなつかしく、そして無性に春が待ち遠しい。
あの陽光のぬくもり、あの樹々の新芽のなごやかさ。あの日はいつくる
のか。
だが待たねばならぬ。耐えねばならぬ。いかに思いにかられても、
いかに待ち遠しくとも、耐えねばならぬときには耐えねばならぬ。
居ずまいを正して、耐えることだけがこの冬の夜のただずまいで
ある。
そして、人は冬の夜に、自然に耐え、人生に耐えることの尊さを
しみじみと学ぶのである。
● 走馬灯
「走馬灯」とは、中心部から発せられた光により内側の影絵が回転し
光源は本来はロウソクであるが、現代的な走馬灯では電気が用いられ
ることが多い。
● 無性
1. ある感情が激しく起こるさま。むやみに。やたらに。
「―腹が立つ」「―故郷が恋しい」
2. あとさきを考えずにやみくもに行うさま。むやみに。やたらに。
「―めでたがるまい」〈浄・反魂香〉
この続きは、次回に。