続「道をひらく」松下幸之助 ⑯
・春の海
春の海である。ひねもすのたりのたりである。海面に陽光がキラキラ
とかがやく。その海を一隻の漁船がゆっくり波にのりながら進む。
そのなかの数人のつり客。思い思いののどけさである。
一転、春の嵐。あわてふためくつり客に、漁師が大声をあげる。
「船にのったらみんな親子兄弟じゃ。一蓮托生、あわてなさんな」
船は、はげしく上下しながら、進む。
日本のこの国、この日本丸は、ながくつづいたナギののどけさから、
一転、嵐につつまれてきた。空は暗い。海は白い。はげしいゆれ。
遠望もきかぬ。だから不安になり、船頭に不信の眼を向ける。
船頭もまた、あわてる人びとに舌うちをする。だから船のなかはます
ます混乱する。
船にのったら一蓮托生。みんな日本人。この日本丸からは逃げ出せな
いのである。自分もとびおりられないし、他人をつきおとすこともゆ
るされない。みんな親子兄弟じゃ。ならば、嵐にも船を進める道はある
はず。
そう信じ、そう観念して、ひたすらに心を寄せ合い知恵を集め合いたい。
● ひねもすのたりのたり
ひねもすとは「終日」のことで、漢字でこの句は「春の海 終日 のた
りのたり哉」と書きます。 意味としては、「春の海には、波が一日
中ゆっくりゆっくりと寄せ返していることだなあ」となります。
春の季節に限らず、日々もまた「のたりのたり」としていて、変化に
乏しいなと感じることもあります。2023/03/29
● 一蓮托生
よい行いをした者は極楽浄土に往生して、同じ蓮はすの花の上に身を
託し生まれ変わること。転じて、事の善悪にかかわらず仲間として行
動や運命をともにすること。▽もと仏教語。「托」は、よりどころと
する、身をよせる意。「託」とも書く。
この続きは、次回に。