続「道をひらく」松下幸之助 ㉒
・雨の音
眠られぬ夜に雨の音を聴く。自分のことから、自分とつながりのある
人びとのこと、あすの仕事のことから、ついつい世の中のことにまで
考えが及んでいくと、いつのまにやら心がさわぎ、頭がさえて眠られ
なくて夜が更ける。
自分はどうなってもよいとは思うものの、自分とつながりのある人びと
のことが、やっぱり気にかかるし、自分の仕事だから自分の思うまま
にと考えてもみるのだが、仕事はすべて人とつながり、世の中とつな
がる。
あれを考えこれを考え、最善のむつかしさに思い悩む。
夜が更けるのか、早い朝がくるのか、定かでないそんなひととき、フト
気がつくと静かな雨の音。そしてどこかでかすかにきこえる雨だれの
音。あちらでポツン、こちらでポツン。これで桜も一段とあでやかに
なるのか。考えの迷路のなかに、しっとりとした桜の花弁が、にわかに
眼に浮かぶ。
決断は案外、一瞬にして生まれるものである。そのときを心静かに
待とう。眠りのさめるその一瞬でもよいではないか。
雨の音が、幼き日のひそやかな子守唄のようである。
・袖ふれ合うも
〝袖ふれ合うも他生の縁〟たまたますれちがったあの人もこの人も、
全く無縁の他人ではない。どなたさまもみんな自分と目に見えぬつな
がりをもった大事な人ばかりで、だから頭を下げ、笑顔をかわし、心
暖まる気持ちで接したい。そんな教えのこの言葉。りくつではない。
無数の先人の貴重な体験の数々が、そこにしみじみとにじみ出ている。
袖ふれ合うも——-そのしみじみとした思いは必ず相手にしみとおり、
またそれがわが身にも返ってきて、互いに気持ちが通い合う。
見ず知らずの他人と思えばこそ、ついトゲトゲしくもなり、肩をいか
らすことにもなってくる。
通りすがりの人にだけではない。同じ町、同じ国の人にだけではない。
その豊かな思いの波紋を次々とひろげてゆけば、言葉を越え、思想を
越え、国境を越えて、世界のはての人びとにまで、かぎりもなく及んで
ゆくであろう。
袖ふれ合うも—-お互いにこんな思いで素直に心を通い合わせたい。
袖ふれ合う人にも、いまだ袖ふれ合わざる人にも。
● 袖ふれ合うも他生の縁
道を歩いていて見知らぬ人とすれ違うのも、前世からの因縁による。
行きずりの人との出会いやことばを交わすことも単なる偶然ではなく、
縁があって起こるものである。
この続きは、次回に。