続「道をひらく」松下幸之助 ㊿+7
● まず奉仕せよ
自然に咲く自然の花を、天与の恩恵としてそのままに愛で楽しむことは、
これもまた風情のあることではあるけれど、しょせんは与えられたまま
のその範囲の楽しみしか得られない。
さらによき花を、よき実りをとねがうならば、やはり土も掘らねばな
らぬ。タネもまかねばならぬ。肥料もやらねばならぬ。水もやらなけ
ればならぬ。何にもしないで、いい花は咲かないし、いい実もならない。
土を掘る、タネをまく、肥料をやる。これはいわば自然への奉仕であり、
投資である。
奉仕なくして、投資なくして、ただ得ることのみをねがっても、これは
虫がよすぎるというもの。
世の中もまたこれと同じ。与えられることのみをねがい、得ることのみ
に汲々として、奉仕を忘れ、投資を怠るならば、しょせんは争いが起こ
るだけである。
まずは奉仕せよ、サービスをせよ、身心をこめての投資をまずはかれ。
お互いに与え合ってゆくなかに、共存共栄が生まれ、人としての成功も
生まれてくる。
■ 汲々
小事に心をとらわれて、あくせくするさま。 また、一つのことに
心を傾けて一心につとめるさま。 汲汲乎。
■ 共存共栄
互いに助け合ってともに生存し、ともに繁栄すること。
「共存」は、二つ以上のものが敵対することなく、ともに生存・
存在すること。 「共栄」は、ともに栄えること。
● このめでたさ
天地の恵みをうけてこの世に生まれ、世と人のまもりのなかですくすく
と育って、それでただ自分のことだけを考えての日々であるとすれば、
これはまことに寒々とした人生と言えよう。
自分の幸せを考えるのはいわば人間の一つの本性で、だからそれは
それでかまわないけれど、同時に他人の幸せをもあわせ考え、人と
人とがつながって成り立つこの世の中が、すこしでも豊かになるよう
にと願うその思いのなかに、人間として真に充実した日々が生み出さ
れてくるのではあるまいか。
どんな小さなことでもよい。どんな一隅にあってもよい。やっぱり、
人につくし、世につくし、自分も幸せなら他人も幸せ、そんな働きを
してみたい。そんな支えになってみたい。
結婚のめでたさとは、つまりは縁を得た男女が一つになって、この働き、
この支えの力を、さらにゆたかに、さらにうるおいあるものにすると
ころにある。別にむつかしく考える必要はない。きょうの一日を、そし
てあすの一日を、二人の力で、すこしずつ、すこしずつ充実させてゆ
けばよいのである。その怠りさえなければ、結婚のこのめでたさは、
世と人の祝福をうけつつ、限りもなくつづくであろう。
■ 一隅
ある一つの考え方や見解。また、物の一端しか見ない考え方。
「―の管見 (かんけん) 」
この続きは、次回に。