続「道をひらく」松下幸之助 ㊿+13
● 自分のもの
自分の身体は、自分のものであって、自分のものではない。血のめぐり、
内臓の働き、どれ一つをとってみても、自分の意思によって動いている
ものはない。
つまり、大きな自然の恵みで生かされているいわば天からの授かりもの。
天から預かっているものである。
自分の金、自分の仕事、自分の財産。自分のものと言えば自分のもの
だけれど、これもやっぱり世の中から授かったもの。
世の中からの預かりものである。
どんなものでも本当は、自分のものというのは一つもないのである。
自分のものがあると思っていても、それはかりにそう定められている
だけのことであって、本当は何もないのである。授かったものある。
つまり、あるということは、ないということである。
だからこそ、どんなものでも、これを大事にしなければならない。
身体も金もそして仕事も、いたずらに粗末に扱ってはいけないし、
おろそかに考えてはいけない。大事に慎重にそして有意義に、その働き
を生かしたいのである。
● 人心の深淵
人類が月を歩いたのは、いわゆる科学の偉大な勝利だとも言われている
けれど、その科学を駆使したのは人間で、人間あっての科学だという
ことを考えれば、つまりこれは人間の、そして人類の偉大な成果だと
いうことになる。どこの国の誰が成功しようとも、それは長い歴史の
なかの数知れぬ人間のねがいと知恵と体験が積みかさなった結果で
あって、そのことを思えば、お互いに人類の一員として、肩を叩いて
素直に喜びあい、人間としての誇りを改めて持ち直してもよいであろう。
そんな偉大な人間が、今もなおはかりかね開発しきれないでいるのが、
わが心の動きである。人の心の深淵である。
ともすれば捉われた心で人を責め、他をののしり、ねたみとうらみに
自他ともに傷つく。われさえよければの思いで、どうして人心の開発が
はかられるであろう。
月とともに、わが心、人間の心にもアポロを打ち上げて、人心の深淵を
究めつくし、その開発をはかって、自他ともに栄えあう真の人の世を
生み出したい。人類の、そして一人ひとりのいちばん大事な課題であろう。
■ 深淵
1. 深いふち。深潭 (しんたん) 。
この続きは、次回に。