続「道をひらく」松下幸之助 ㊿+14
○ 霜月(しもつき)
● もったいない
美しい空、そんなものは日本にいくらでもあると思っていた。美しい
水も美しい緑も、そんなものは日本にいくらでもあると思っていた。
それがみんな大事な大事なものになってきた。魚なんかも、日本は
もちろん世界中にいくらでもあると思っていた。それがだんだんあや
しくなってきた。
いくらでもあって、欲しいときにはいつでも手に入って、だからある
ということがあたりまえで、別にありがたいとも思わず、そのものの
尊さが生かされないままに、きわめて無造作に扱われてしまう。
そんなことの何と多いことか。
〝もったいない〟という言葉が、人びとの口から次第にうすれてきた
のである。そして、それが何となく古くさい言葉のように思えてきた
とき、世相の一変でいやが応でも、ものを大事にしなければならなく
なってきた。その必要性が次第にふえてきた。自然の摂理といおうか。
大事なことは、もう一度〝もったいない〟という言葉をとり戻すこと
である。その思い出、もう一度まわりを見まわしてみることである。
今からでもおそくない。
● 国医
医者の診断に、問診というのがある。患者の訴えをまず聞くのである。
聞いて気がつくことをまた問うのである。
その問い返しと受け答えのなかから、どこが悪いのかの診断をつけて
いく。経験豊富な医者は、この聞くことだけで、診断と処置を誤らな
いという。
聞くというのは、何も言葉を聞くだけではない。その言葉のやりとり
のなかで、声音やら顔色やら所作を見ていく。そして患者が何を訴え
たいのかを見わけていく。つまり、聞いて、見て、そして察知するの
である。
これはなにも医者だけに限らない。よく聞いて、よく見て、そして察知
することの大事さは、すべてのことに通じる。
世情混迷のきょうこのごろ、国情はまさに病体である。その病体の
診断を誤らぬためにも、とくに国医とも言うべき政治家にこの問診の
大事さが求められるのだが、それにしても聞いて聞かず、見て見ず、
ましてや察知することからほど遠い現状には、国の行方が案じられる
ばかりである。みずから問い、みずから診断するほかないのであろうか。
■ 世情
世の中のありさま。せいじょう。「―に明るい」
■ 混迷
混乱して、分別に迷うこと。複雑に入りまじって、見通しがつかな
いこと。「政局が―してきた」
この続きは、次回に。