Think clearly シンク・クリアリー ⑥
6. 戦略的に「頑固」になろう—「宣言」することの強さを知る
□ 「選択肢はひとつだけ」と言う状況を自らつくる
一五一九年、キューバを出港したスペイン人に征服者エルナン・コルテスは、
メキシコの沿岸に到着した。コルテスはその後、即座にスペインによる
メキシコの植民地支配と自らの総督就任を宣言する。
そして彼は、なんとわざと船を沈没させて、自分と配下の部隊の退路を
断った。
経済的な見地から見れば、コルテスの決断は理にかなっているとは思え
ない。なぜはじめから帰国の道を閉ざす必要があったのだろう?
なぜほかの選択肢をとりようのない状況をつくりあげてしまったのだろう?
「選択肢は多ければ多いほどいい」というのは、経済活動における重要
な原則のひとつだというのに。それなのになぜ、コルテスは「選択の自
由」を自ら放棄してしまったのだろうか?
どうして甘いものを断つ必要があるのだろう? なぜそのときの状況で判断
しないのだろう? 自分の体重や、メイン料理のボリュームや、デザートの
誘惑の強さなどに応じて、そのつど決めてもいいではないか?
少し前まで、私は彼のそんな行動を、非合理的で興ざめだと感じていた。
デザートを食べない主義をまっとうするのは、故郷ら帰る手段を断つこ
とに比べたら瑣末な決断かもしれない。
だが、「一見、不要な措置に見える」という点ではどちらも同じだ。
「強硬に行動すること」に何の意味があるのだろう?
○ 瑣末(さまつ)
重要でない、ほんのちょっとしたことであるさま。 些細(ささい)
世界でもっとも影響力のある経営思想家のひとりに、世界的ベストセラー
『イノベーションのジレンマ』の著者として知られるハーバード・ビジネス
スクールの教授、クレイトン・クリステンセンがいる。彼は熱心なモルモン
教徒で、いくつかの「誓約」の下に生活を送っている。
「誓約」とは、堅い約束を表す昔ながらの言葉だか、もしあなたがこの
言葉を古臭く感じるのなら、「絶対的なコミットメント」と言い換えて
もいい(ただし、私は昔ながらの言い方のほうが好きだ)。
クレイトン・クリステンセンは、若い頃、人生の前半をキャリアのため
だけに捧げ、人生の後半は—つまり金銭的な余裕ができた後—–家族と
ゆっくり過ごそうとする管理職の人間を、大勢見てきた。
ただ皮肉なことに、そう思ったときには家庭はすでに崩壊してしまって
いるか、そうでなくとも子どもたちはとうに巣立ってしまったあととい
うことが多かった。
そこでクリステンセンは、「誓約」を立てることにした。「週末に仕事
をしないこと」「平日は家で家族と夕食をともにすること」を、自らに
誓ったのだ。その誓約を守るため、クリステンセンは朝の三時に仕事に
出ることもあったという。
この話を最初に聞いたとき、私はクレイトン・クリステンセンの行動は、
非合理的で頑迷で無駄が多いように思った。
なぜそこまで頑なになる必要があるのだろう? どうして状況に合わせた
判断をしないのだろう? 週末に仕事をする必要に迫られるときもあるだ
ろうし、その分、月曜や火曜に休みをとってもいいではないか。
柔軟性は強みになるというのに。特に、ものごとが常に流動的に変化する
今のような時代においては。
だが私は、いまでは違う見方をしている。こうしたクリステンセンの頑なな
行動には、大きな意味がある。
□ 頑迷(がんめい)
かたくなでものの道理がわからないこと。考え方に柔軟性がないこと。
□ 柔軟に対応することは、どうして「不利」なのか?
重要なことがらに対しては、「柔軟性」は有利にではなく、むしろ不利に働く。
コルテスも、デザートを食べない主義のCEOも、クレイトン・クリステンセンも、
三人とも「徹底的に頑固な姿勢」をつらぬき、柔軟な姿勢では達成できなかった、
長期的な目標に到達している。
どうして、そんなことができるのだろう? なぜ、頑固な姿勢をつらぬくほうが、
長期的な目標をかなえられるのだろう?
理由はふたつ。ひとつ目は、状況に応じて何度も決断をくり返すと、判断力が鈍って
くる。専門用語でいえば「決断疲れ」と呼ばれる現象である。
たび重なる決断に疲れた脳は、もっとも安易な選択肢を選ぶようになる。
そしてそれは多くの場合、最悪の選択肢でもある。「誓約」が有意義なのはこの点だ。
誓約を立てると、毎回、「メリット」と「デメリット」を天秤にかけて決断する必要が
なくなる。たとえばスティーブ・ジョブズが毎日同じ服を着ていたのは有名な話である。
頑固な姿勢が役立つふたつ目の理由は、「評価が確立される」ことにある。
一貫した姿勢をつらぬいていれば、あなたは自分のスタンスを知ってもらうことができる。
周りの人たちに主体的な印象を与え、自分自身をゆるぎのない存在に見せられるのだ。
(中略)
あなたが徹底した誓約にもとづいて生活をしていれば、その誓約がどんなものであろう
と、周囲はとやかく言わなくなるのだ。
□ 「ああいう人だから」とわからせたほうが勝ち
ウォーレン・バフェットは、「事後交渉は受け付けない主義」だという。
バフェットに会社を売却したければ、チャンスは一度。売主は、一度しか、
売却価格を提示できないのだ。
バフェットはその提示価格にもとづいて、会社を買い取るかどうかを決める。
その価格をバフェットが高すぎると判断したとしても、売り主が価格を下げて
再交渉する余地はない。
一度拒まれたら、それで終わり。バフェットは主義を曲げないという評判を築き
上げ、それによって確実に最初から最高の条件を提示され、互いが折り合える
ポイントを探して時間を無駄にするということがなくなった。
コミットメント、誓約、絶対的な主義—-簡単そうに聞こえるが、実行は簡単では
ない。
誓約を通して周りにメッセージを伝えようとするなら、あなたの誓約はそれくらい
強く、揺るぎなく、徹底したものでなくてはならない。
結論。「柔軟性」を褒めたたえるのはやめよう。柔軟一辺倒では、不満がつのり、
疲れがたまり、気づかないうちにあなたは目標から遠ざかってしまう。
妥協しないで、自分の誓約を守りとおそう。誓約を100パーセントまっとうする
ことは、そのうちの99パーセントだけを実行するも、実はやさしいのだ。
この続きは、次回に。
2024年9月27日
株式会社シニアイノベーション
代表取締役 齊藤 弘美