書籍「Effectuation エフェクチュエーション」 ④
✔︎ エフェクチュエーションの5つの原則
それでは、いまだ存在しない市場のように、コーゼーションではアプローチできない
高い不確実性に対して、調査対象者の熟達した起業家はどのような意思決定を行なって
いたのでしょうか。彼らが不確実性に対処するうえで用いる意思決定の論理は、目的で
はなく一組の手段を所与とし、それを活用して生み出すことのできる効果(effect)を重視
するという特徴があったことから、「エフェクチュエーション(effectuation:実効理論)」
と名付けられました。
具体的には、5つの思考様式が特定されていますので、その意思決定のプロセスに沿って
特徴を確認していきましょう(次ページ図参照)。それぞれの思考様式には、少し変わった
名前が付けられていますが、その意味については後の章で確認していきたいと思います。
まず、熟達した起業家には、最初から市場機会や明確な目的が見えなくとも、彼がすで
に持っている「手持ちの手段(資源)」を活用することで、「何ができるか」というアイ
デアを発想する、という意思決定のパターンが見られました。このように「目的主導
(goal-driven)」ではなく「手段主導(means-driven)」で何ができるかを発想し着手する
思考様式は、「手中の鳥(bird-in-hand)の原則」と呼ばれます。
次に、「何ができるか」のアイデアを実行に移す段階では、期待できるリターンの大き
さ(期待利益)ではなく、逆にうまくいかなかった場合のダウンサイドのリスクを考慮して、
その際に起きうる損失が許容できるかという基準でコミットメントが行われます。
これは「許容可能な損失(affordable loss)の原則」と呼ばれます。
これらの考え方を用いて、熟達した起業家は結果がまったく不確実であったとしても、
「何ができるか」についての具体的なアイデアを生み出し、行動に移すことが可能に
なります。その際、コーゼーションの発想であれば、事前に誰が顧客で誰が競合かを
識別し、市場の機会や脅威を予測しようとしますが、エフェクチュエーションの発想で
行動する熟達した起業家は、むしろコミットメントを提供してくれる可能性のある、
あらゆるステークホルダーとパートナーシップの構築を模索する傾向がありました。
これは、「クレイジーキルト(crazy-quilt)の原則」と呼ばれます。
相互作用の結果として、パートナーのコミットメントが獲得されると、起業家の活動には、
参画したパートナーがもたらす「新たな手段(資源)」が拡張され、もう一度パートナー
とともに「何ができるか」を問うことになります。前頁の図でいえば、上側のフィード
バックループ従ってサイクルが回ることを意味します。このように、行動の結果として
構築されるパートナーシップを組み込みながら、エフェクチュエーションのプロセスは
拡大しつつ何度も繰り返されることになります。さらに、パートナーがもたらすものは
彼らが持つ「手段」だけではなく、新たな「目的」ももたらすことが考えられます。
したがって、前ページの図の下側のフィードバックループのように、パートナーが持ち
込む新たな目的もまた、「何ができるか」の方向性に影響を与え、行動を改めて定義し
ながら、プロセスが繰り返されるのです。
このように、予期せずにしてパートナーからもたらされた手段や目的を受け入れ、それを
積極的に活用しようとする姿勢は、偶然をテコとして活用しようとする「レモネード
(lemonade)の原則」とも関係しています。熟達した起業家は、偶然手にしてしまったもの、
もたらされたものを受け入れたうえで、それを自らの「手持ちの手段(資源)」の拡張
機会としてポジティブにリフレーミングする傾向がありました。たとえば失敗や思った
通りに進まない現実も学習機会と捉え、新たな行動を生み出すために活用しようとする
のです。
以上のエフェクチュエーションのプロセスでは、未来の結果に関する「予測」をまった
く必要としないことがわかるでしょう。結果が予測できない高い不確実性のなかでも、
起業家は自らがコントロール可能な活動に集中し、このプロセスを回し続けることに
よって、彼自身ですら最初には思いもしなかったような新しい製品・事業・市場の可能
性に至るのです。このように、高い不確実性に対処するうえで熟達した起業家は、最適
なアプローチを事前に予測しようと努力するかわりに、自分自身がコントロール可能な
要素に行動させることによって、予測ではなくコントロールによって望ましい結果を
生み出そうとするのです。こうした思考様式は、「飛行機のパイロット(pilot-in-the-
plane)の原則」と呼ばれています。
○ エフェクチュエーションの5つの原則
I.「手中の鳥(bird-in-hand)の原則」
「目的主導」ではなく、既存の「手段主導」で何か新しいものを作る。
II.許容可能な損失(affordable loss)の原則
期待利益の最大化ではなく、損失(マイナス面)が許容可能かに基づいてコミットする。
Ⅲ.「レモネード(lemonade)の原則」
予期せぬ事態を避けるのではなく、むしろ偶然をテコとして活用する。
Ⅳ.クレイジーキルト(crazy-quilt)の原則」
コミットする意思を持つ全ての関与者と交渉し、パートナーシップを築く。
Ⅴ.「飛行機のパイロット(pilot-in-the-plane)の原則」
コントロール可能な活動に集中し、予測ではなくコントロールによって望ましい成果を
帰結させる。
この続きは、次回に。
2025年9月16日
株式会社シニアイノベーション
代表取締役 齊藤 弘美