「新訳」 イノベーションと起業家精神 上 ④
[第1部] イノベーションの方法
イノベーションとは起業家に特有の道具であり、変化を機会として利用するための
手段である。それは体系としてまとめ、学び、実践できるものである。
したがって起業家たる者は、イノベーションの機会を示す変化や兆候をみつけなければ
ならない。同時に、イノベーションに成功するための原理と方法を学び、使わなければ
ならない。
[第1章] イノベーションと起業家精神
1 起業家の定義
・起業家とは何か
○ アメリカでは、起業家とは小さな事業を始める人のことをいう。
マクドナルドの創始者は起業家だった。たしかに何も発明してはいない。
その製品はアメリカのレストランならばどこにでもあった。
しかしマクドナルドは、マネジメントの原理と方法を適用し(すなわち顧客に
とっての価値は何かを問い)、製品を標準化し、製造のプロセスと設備を再設計し、
作業の分析にもとづいて従業員を訓練し、仕事の標準を定めることによって、資源が
生み出すものの価値を高め、新しい市場と新しい顧客を創造した。
これが起業家精神である。
○ 必要な化学知識は既知のものである。新しいものはほとんどない。
しかし彼らは、技術情報を体系化した。要求される性能をコンピュータに入れると、
必要な工程が自動的に明らかになるようにした。工程を体系化した。
コンピュータ制御によるプロセス生産を採用している。
彼らが起業家的であるのは、(急成長はしてはいるものの)単に新しい小さな事業
だからではない。精密鋳造が一つの独立事業たりうること、需要の伸びが隙間(ニッチ)
市場の形成を可能にしていたこと、技術とくにコンピュータ技術が、職人芸を科学的な
プロセスに転換できることを利用したからだった。
・規模は関係ない
○ 新しい小さな事業には共通するものが多い。しかし事業が起業家的であるためには、
新しさや小ささを超えた何かが必要である。事実、新しい小さな事業のなかでも、真に
起業家的な事業は少ない。起業家的な事業は、何か新しいもの、異質なものを創造する。
変革をもたらし、価値を創造する。起業家たるためには、新しさや小ささは必要ない。
それどころか、起業家精神は大企業、しかもしばしば歴史のある企業で実践されている。
ゼネラル・エレクトリック(GE)、マークス・アンド・スペンサーは、起業家的でない大企業とも
共通するものを数多くもっている。彼らを起業家的たらしめているのは、規模や成長とは異なる。
別の何かである。
・大学と病院の例
○ 近代病院の歴史からも、起業家精神についてのケーススタディの本を書くことができる。
近代病院は、18世紀の末、エディンバラとウィーンで生まれた。
アメリカでは19世紀に地域病院(コミュニティ・ホスピタル)として生まれた。
20世紀の初めには、メイヨー・クリニックやメニンガー基金など専門化した医療センターが
生まれた。第二次世界大戦後には、保健センターが現れた。そして今日、医療界の新しい
起業家たちが、救急外科クリニック、産婦人科センター、神経科センターなど、病人の介護では
なく特定の医療ニーズに応えるための専門医療機関を生み出している。
・起業家の特性
○ 起業家精神という言葉は、英語圏では新しい小さな企業を連想させる。
さらにドイツ語圏では、誤解を招きやすい権力と財産を連想させる。
起業家(アントレプレナーentrepreneur)のドイツ語訳ウンターネーマー
Unternehmerは、企業を所有し経営するオーナー経営者を意味する。
今日でもそれは、専門経営者や雇われ経営者と区別するために使われている。
○ 意思決定を行うことのできる人ならば、学ぶことによって、起業家として、起業家的に
行動する ことができる。起業家精神とは、気質ではなく行動である。
しかもその基礎となるのは、直感ではなく、原理であり、方法である。
この続きは、次回に。