「新訳」 イノベーションと起業家精神 上 ⑧
[第3章] 予期せぬ成功と失敗を利用する—-第一の機会
1 予期せぬ成功
・成功の拒否
予期せぬ成功ほど、イノベーションの機会となるものはない。これほどリスクが小さく、
苦労の少ないイノベーションはない。しかるに、予期せぬ成功はほとんど無視される。
困ったことには、その存在を認めることさえ拒否される傾向がある。
マネジメントにとって、予期せぬ成功を認めるのは容易である。勇気がいる。
具体的な方針も必要である。さらには、現実を直視する姿勢と、「間違っていた」と
素直に認めるだけの検挙さもなければならない。
人間は誰しも、長く続いてきたものこそ正常であり、永久に続くべきものであると考える。
マネジメントにとっても予期せぬ成功を認めることは難しい。
自然の法則のように受け入れてきたことに反するものは、すべて不健全、不健康、
異常なものとして拒否してしまう。
・マネジメントへの挑戦
まさに予期せぬ成功は、マネジメントに対する挑戦である。
マネジメントが報酬を支払われているのは、その判断力に対してであって、無謬性に
対してではない。マネジメントは、自らの過誤を認め、受け入れる能力に対しても報酬を
払われている。とくに、それが機会に道を開くものであるとき、このことがいえる。
だが、このことを理解している者は稀である。
・気づかない成功
さらによく起こることとして、予期せぬ成功は気づきさえしない。注意もしない。
利用しないまま放っておく。そこへ誰かが現れ、利益をさらっていく。
予期せぬ成功に気づかないのは、今日の報告システムが、注意を喚起するどころか、
報告することさえしないからである。企業や社会的機関の月ごとあるいは四半期ごとの
報告書は、その一ページ目において、目標を達成できなかった分野や問題を列挙している。
当然のこととして、定例の経営会議や取締役会では、目標以上の成果をあげた分野では
なく、問題の起こった分野に関心を向けることになる。
しかも、先ほど紹介した病院用機器のケースのように、予期せぬ成功が新しい市場という
定性的なものであるならば、数字はその存在さえ教えてくれない。
・機会とは要求である
予期せぬ成功がもたらすイノベーションの機会を利用するためには、分析が必要である。
予期せぬ成功は兆候である。しかし、何の兆候か。
予期せぬ成功が、単なるマネジメントの視野、知識、理解の欠如を意味しているにすぎない
場合もある。予期せぬ成功は、イノベーションのための機会であるだけではない。
それはまさに、イノベーションに対する要求である。
予期せぬ成功は、自らの事業の定義についていかなる変更が必要か。
自らの技術と市場の定義について、いかなる変更が必要かを自らに問うことを強いる。
それらの問いに答えたとき、はじめて予期せぬ成功が、最もリスクが小さく、しかも最も
成果が大きいイノベーションの機会となってくれるのである。
・デュポンとIBM
世界最大級の二つの企業、すなわち世界最大の化学品メーカーであるデュポンと、
コンピュータ産業の巨人IBMの二社は、予期せぬ成功をイノベーションの機会として
利用し、その後の発展の礎とした。
この続きは、次回に。