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「新訳」 イノベーションと起業家精神 上-17①

[第11章]  イノベーションの原理

1 イノベーションの原理

・体系としてのイノベーション

      本書において述べてきた七つの機会と関係なく行われるイノベーションがある。

  それは、目的意識もなく、組織的、体系的でもなく行われるイノベーションである。

   霊感によるイノベーション、天才のひらめきによるイノベーションである。

   しかしそのようなイノベーションは、再度行うことはできない。

   教えることも、学ぶこともできない。

   天才になる方法を教えることはできない。

       そのうえ、発明やイノベーションの逸話集がほのめかすほどには、天才のひらめきは

       あるものではない。私自身、ひらめきが実を結んだのを見たことがない。

   アイデアはアイデアのままで終わる。

   目的意識、分析、体系によるイノベーションだけが、イノベーションの方法として提示され、

   論ずるに値する。しかも、イノベーションとして成功したもののうち少なくとも90パーセントは、

   そのようなイノベーションである。

     体系を基礎として、かつそれを完全に身につけて、はじめてイノベーションは成功する。

   それでは、その体系の中核となるべきイノベーションの原理とは何か。

   イノベーションに必要な「なすべきこと」「なすべきでないこと」は何か。

   そして、私が必要条件と呼ぶものは何か。

 

・なすべきこと

  (1) イノベーションを目的意識をもって体系的に行うためには、機会の分析から

    始めなければならない。

    私が「イノベーションの機会」と呼ぶものを徹底的に分析することから始めなければ

    ならない。もちろんイノベーションの分野が異なれば、機会の種類も異なる。

    時代が変われば、機会の重要度も変わる。

    しかし、いかなる場合においても、すでに列挙したイノベーションの機会のすべてに

    ついて、体系的に分析し、検討していくことが必要である。

    単に留意するだけでは十分でない。検討はつねに組織的に行わなければならない。

    イノベーションの機会を体系的に探さなければならない。

  (2) イノベーションとは、理論的な分析の問題であるとともに、知覚的な認識の問題でも

           ある。したがって、イノベーションを行うにあたっては、外に出、見、質問し、聞かなければ

           ならない。このことはいかに強調してもしすぎることがない。

           イノベーションに成功する者は、右脳と左脳の双方を使う。数字を見るとともに、人を見る。

           いかなるイノベーションが必要かを分析をもって知った後、外に出て、知覚をもって顧客や

           利用者を知る。知覚をもって、彼らの期待、価値、ニーズを知る。

           イノベーションに対する社会の受容度も、知覚によって知る。

           顧客にとっての価値も、また、そのようにして知る。

           自らのアプローチの仕方が、やがてそれを使うことになる人たちの期待や習慣に

           マッチしているかいないかも知覚によって感じとることができる。

           こうしてはじめて、「やがてこれを使うことになる人たちが、使いたくなり、使うことに

           利益を見出すようになるためには、何を考えなければならないか」という問いを発する

           ことができる。さもなければ、正しいイノベーションを間違った形で世に出すことになる。

  (3) イノベーションに成功するためには、単純かつ具体的なものに的を絞らなければならない。

           一つのことだけに集中しなければならない。

           さもなければ混乱する。単純でなければ機能しない。

           新しいものは必ず問題を生じる。複雑であっては、直すことも調整することもできない。

           成功したイノベーションは驚くほど単純であるまったくのところ、イノベーションに対する

           最高の惨事は、「なぜ、自分は思いつかなかったのか」である。

           新しい市場や新しい使用法を生み出すイノベーションでさえ、具体的に方向性を

           決めたものでなければならない。

           具体的なニーズと成果に的を絞らなければならない。 

  (4)  イノベーションに成功するためには、小さくスタートしなければならない。

     大がかりであってはならない。

     具体的なことを一つだけ行うだけでよい。

      あまりに大がかりな構想、産業に革命を起こそうとする計画はうまくいかない。

     多少の資金と人材をもって、限定された市場を対象とする小さな事業としてスタート

      しなければならない。さもなければ、必ず必要となる調整や変更のための時間的な

      余裕がなくなる。イノベーションが、最初の段階から、ほぼ正しいという程度のもの

              以上であることは稀である。そして変更がきくのは、規模が小さく、人材や資金が

              少ない場合だけである。 

  (5)  とはいえ、最後の「なすべきこと」として、イノベーションに成功するためには、最初から

      トップの地位を狙わなければならない。必ずしも大事業になることを狙う必要はない。

      事実、あるイノベーションが大事業となるか。まあまあの程度のもので終わるかは、

      誰も知ることができない。だが、最初からトップの地位を狙わないかぎり、イノベーションとは

      なりえず、自立した事業とさえなることはできない。

      具体的な戦略としては、産業や市場において支配的な地位を狙うものからプロセスや

      市場において小さなニッチを狙うものまでもいろいろありうる。しかし起業家としての戦略は、

      すべて何らかの領域において、トップの地位を得るものでなければならない。

      さもなければ、競争相手に機会を与えるだけに終わる。

 

この続きは、次回に。

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