[新訳]イノベーションと起業家精神(下) —-その原理と方法⑥
[第14章]社会的機関における起業家精神
1 イノベーションを行えない理由
政府機関や労働組合、さらには教会、大学、学校、病院、地域の非営利組織や慈善団体、職業別団体や業界団体などの社会的機関にとって、今日のような社会、技術、経済の急激な変化は、企業にとって異常に脅威であって、しかも機会である。しかし、社会的機関がイノベーションを行うことは、最も官僚的な企業と比べてさえ、はるかに難しい。既存の事業が、企業の場合よりも、さらに大きな障害となる。
○ 固有の力学
社会的機関では、既存の事業をやめて新しい事業を始めることは異端とされる。事実、社会的機関におけるイノベーションのほとんどは、外部の人間によって、あるいは何らかの破局によってもたらされている。社会的機関にイノベーションや起業家精神が見られないのは、退嬰的な月給泥棒、権力マニアの政治屋の抵抗によるものとされている。最も起業家的なイノベーション志向の人たちでさえ、社会的機関、とくに政府機関のマネジメントの座におかれるならば、半年後には最低の月給泥棒、権力マニアの政治屋となる。
社会的機関において、イノベーションと起業家精神を阻害するのは、社会的機関そのものに内在する固有の力学である。
企業のスタッフ部門は、イノベーションを行うことができない。
スタッフ部門は、自らの王国を築くことに長けている。つねに、より多くの同じ種類のことを行おうとする。すでに行っていることをやめることに抵抗する。自らの地位を確立したスタッフ部門が、あえてイノベーションを行うことはほとんどない。
○ 予算型事業
社会的機関では、既存の事業がイノベーションの障害となりやすい原因が三つある。
第一に、社会的機関は、成果ではなく予算にもとづいて活動する。自らの活動に対し、ほかのものの稼ぎから支払いを受ける。すなわち納税者や寄付者から支払いを受ける。企業の人事部門やマーケティング部門の場合には、同じ企業の事業部門から支払いを受ける。
その予算は、活動が大きいほど大きくなる。しかも社会的機関の成功は、一般に、業績ではなく、獲得した予算によって評価される。活動の一部を切り捨てることは、自らの縮小を意味する。それは地位と権威の低下を意味する。
○ 利害関係者
第二に、社会的機関は、非常に多くの利害関係者によって左右される。
企業内のスタッフ部門も含め社会的機関では、活動の成果が収入の原資になっていないために、あらゆる種類の関係者が、実質的な拒否権をもつ。社会的機関はあらゆる人たちを満足させなければならない。いずれとも不和になる余裕がない。しかも社会的機関は、事業を開始したその瞬間から、廃止や修正を拒否する関係者を抱える。そして、新しい事業は、つねに疑いの目をもって見られる。新しい事業は、自らを支持してくれる関係者をもつ前に、既存の事業の関係者から反対を受ける。
○ 目的の大義化
第三に最も大きな障害として、つまるところ、社会的機関は善を行うために存在する。
このことは、社会的機関は、自らの使命を同義的な絶対的存在とみなし、経済的な費用効果とはみなさないことを意味する。
経済の世界では、より大きな成果を得るために、つねに資源の配分を変える。経済の世界では、すべてが相対的である。しかるに、社会的機関においては、より大きな成果などというものは存在しない。善を行うのであれば、より大きな善などというものはない。まったくのところ、善を求める活動において目標を実現できないということは、努力を倍加すべきことを意味する。予想した以上に悪の力が強かっただけのことであり、さらにいっそう闘わなければならない。
目標が最大化にあったのでは、目標はけっして達成されることがない。社会的機関は、目標の達成に近づくほど不満を感じ、よりいっそう力を入れることになる。しかも成果があがらなくとも、成果があがっているときと同じように行動する。
社会的機関は、その目標の成否にかかわらず、イノベーションや新しい事業を、自らの基本的な使命、存在、価値、信念に対する攻撃として受け取る。これがイノベーションにとって深刻な障害となる。これこそが、社会的機関におけるイノベーションが、なぜ既存の機関から生まれるかの理由である。
○ いくつかの成功例
もちろん社会的機関のなかには、既存の大組織を含め、イノベーションを行っているものも多い。
この続きは、次回に。