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[新訳]イノベーションと起業家精神(下) —-その原理と方法⑤

6 起業家精神のための人事

イノベーションと起業家精神の原理と方法は、誰でも学ぶことができる。ほかの仕事でも成果をあげた経営管理者は、起業家としての仕事も立派にこなす。起業家的な企業では、誰が仕事をうまく行えるかを心配するものはいない。明らかに、あらゆる性格や経歴の人たちが同じようによい仕事をしている。既存企業において優れた仕事をする人たちは、通常、それ以前に、その組織において経営管理者としての能力も示している人たちである。したがって彼らは、イノベーションを行うことと、既存の事業をマネジメントすることの両方を行えると考えてよい。

ステップアップ 

  プロジェクト・マネジメント

   ↓

  プロダクト・マネジメント

   ↓

  マーケット・マネジメント

 

○   個性ではない

アメリカでは、大企業を辞めた後、第二の人生として起業家の道を選ぶ中高年の人たちが急増していることがあげられる。それまで大企業で25年、30年を過ごしてきた経営管理者や専門職の人たちが、最終ポストに達したことを知って早期退職する。彼ら50歳、55歳の人たちが、起業家として独立して仕事を始める。あるいは、とくに技術関連の専門職の人たちが小さなベンチャー・ビジネスを相手とするコンサルタントになる。あるいは、ベンチャー・ビジネスのマネジメントに参加する。そして、彼らの多くが新しい仕事に成功する。誰もが経営管理者及び起業家として、同時に卓越することができるわけではない。経営管理者にせよ、起業家にせよ、特別な個性は必要ないと教えている。つねに必要とされるのは、学びつづけ、粘り強く働き、自らを律し、適応する意思である。正しい原理と方法を適用する意思である。このことこそが、起業家的なマネジメントを行う企業が、人事について知っていることのすべてである。

 

○   人事のリスクは同じ

起業家的なプロジェクトのための人事も、ほかの人事と同じである。そこにはリスクが伴う。人事にはつねにリスクが伴う。もとより人事の決定は、慎重かつ細心に行わなければならない。しかも正しく行わなければならない。徹底的に考えなければならない。大勢の候補をあげなければならない。そして一人一人について、一緒に働いたことのある人からヒアリングしなければならない。しかしこれらは、あらゆる人事において行うべきである。しかも、起業家的な仕事のための人事の平均打率も、ほかの経営管理者や専門職の人事のそれと変わることはない。

 

7 起業家精神にとってのタブー

○   片手間ではすまない

最も重要なタブーは、管理部門と起業家的な部門を一緒にすることである。起業家的な部門を既存の管理部門のもとにおくことである。既存の事業の運営、利用、最適化を担当している人たちに、イノベーションを任せてはならない。それまでの原理や方法を変えることなく、起業家的たろうとしても、無理である。ほとんど失敗は必至である。片手間に起業家的たろうとしても、うまくいかない。

 

○   異質の人たちとでは

この10年ないし15年間、アメリカの大企業の多くが、起業家たちと合弁事業を組んでいる。成功したものはあまりない。起業家たちは、官僚的、形式的、保守的な大企業の原則、ルール、文化に息を詰まらせる。彼らのパートナーとなった大企業の人たちも、起業家たちが行おうとてすることが理解できない。彼らが、規律に欠け、粗野で、夢想家のように見える。大企業が企業家として成功しているのは、多くの場合、自らの人材によって新しい事業を手がけたときである。互いに理解しあえる人たち、ものごとの進め方を知っている人たち、一緒に仕事をしていける人たちを使ったときだけである。もちろん、企業全体に起業家精神が浸透していること、すなわち企業全体がイノベーションを望み、イノベーションに手を伸ばし、イノベーションを必然の機会と見ていることが前提である。組織全体が「新しいものに貪欲」になっていることが前提である。

 

○   多角化は不要

いかなる組織であろうとも、得意な分野以外でイノベーションを行おうとしても成功することはめったにない。イノベーションが多角化であってはならない。いかなる利点があるにせよ、多角化はイノベーションや起業家精神とは相容れない。新しいものは、理解していない分野で試みるには難しすぎる。既存企業は、市場や技術について卓越した能力をもつ分野でのみ、イノベーションを行うことができる。多角化は、市場や技術について既存の事業との共通性がないかぎり、うまくいかない。たとえ共通性があったとしても、かつて私が論じたように、多角化にはそれ自体の問題がある(拙著『マネジメント』参照)

多角化に伴う問題に、起業家精神に伴う問題が加わってしまったら、結果は最悪である。イノベーションは、自らが理解しているところでしか行うことができない。

 

○   丸ごと買収ではない

最後に、買収、すなわちベンチャー・ビジネスの取得によって、起業家的な企業になろうとしてはならない。この急激な変化の時代にあって、イノベーションを行い、成功し、繁栄したいのであれば、起業家的なマネジメントを自らの組織のなかに構築しなければならない。全組織にイノベーションの意欲を醸成し、イノベーションと起業家精神のためのマネジメントを確立しなければならない。大企業であれ小企業であれ、既存企業が起業家として成功するためには、起業家的な企業としてマネジメントしなければならない。

 

この続きは、次回に。

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