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[新訳]イノベーションと起業家精神(下) —-その原理と方法⑨

2 財務上の見通し

設立間もないベンチャー・ビジネスに特有の病気が、市場志向の欠如である。それは初期段階における深刻な病である。ベンチャー・ビジネスを殺しはしないまでも、その発育を完全にとめてしまいかねない。これに対し、財務志向の欠如と財務政策の欠如は、成長の次の段階における最大の病気となる。とくに、急成長しつつあるベンチャー・ビジネスにとって脅威となる。財務上の見通しをもたないことは、性向すればするほど大きな危険となる。

 

○   ベンチャー・ビジネスの挫折

ベンチャー・ビジネスが製品やサービスで成功し、急成長する。大幅な増益とばら色の見通しを発表する。株式市場の注目が集まる。とくに、ハイテクなどの流行の分野であれば、大きな注目が集まる。5年以内に売り上げ10億ドルという見通しさえ、あちこちで聞かれるようになる。だが1年半後、そのベンチャー・ビジネスは挫折する。倒産はしないかもしれないが、赤字のために、275人の従業員のうち180人を解雇せざるをえなくなる。社長は退陣させられる。あるいは大企業に安い値で買い取られる。

原因はいつも同じである。第一に、今日のための現金がない。第二に、事業の拡大資本がない。第三に、支出や在庫や債権を管理できない。おまけにこれら三つの症状は、同時に起こることがある。しかし三つの症状は、いずれも予防することができる。

 

○   資金構造を超えた成長

ベンチャー・ビジネスは、キャッシュフローの分析と予測と管理を必要とする。

キャッシュフローの予測と計画については、昔から、「債務は思ったよりも二ヶ月早く決済しなければならず、債権は二ヶ月遅く決済される」という経験則がある。ベンチャー・ビジネスにとっては慎重すぎるということはない。たとえ慎重すぎたとしても、資金が一時的に余るだけの話である。つねに1年先を見て、どれだけの資金がいつ頃、何のために必要になるかを知らなければならない。1年の余裕があれば、資金の手当てはほとんど可能である。しかし、切迫した状況のもとで資金を調達することは、事業がうまくいっている場合でも困難であり、法外なコストがかかる。

 

○   フランチャイズ成功の原則

一つ一つの事業が成功すれば、それが次の事業に対する投資家への保証と誘因になっていく。しかしねこの方法が機能するためには、三つの原則がある。

 

(1)

事業単位のそれぞれをできるだけ早く、遅くとも2.3年以内に採算に乗せなければならない。

(2)

素人のフランチャイジーや外科センターの所長など、マネジメントの能力のあまりない人たちでも、本部から指示なしに無事にマネジメントできるよう、事業内容を定型化しておかなければならない。

(3)

事業単位のそれぞれが、かなり早い時期に、追加資金を必要としなくなり、むしろ次の事業単位を資金的に助けられるようにならなければならない。

 

○   死活問題

このような独立した事業単位として資金を調達することのできないベンチャー・ビジネスにとって、資金計画はまさに死活問題である。しかし、そのようなベンチャー・ビジネスであっても、つねに3年先を見越し、最大の必要資金量を想定して計画しておくならば、必要な資金を、必要なときに、必要な方法で調達することができる。ところが、資金源や資金構造を超えて成長してしまったあとでは、自らの独立はもちろん、その生命まで危険にさらすことになる。うまくいっても、創業者は、あらゆる起業家的なリスクをおかして、懸命に働いた挙げ句、他の者を豊かなオーナーにしただけとなる。自らは雇われの身となり、新しくやってきた投資家がオーナーとなる。

 

○   突然の不能

ベンチャー・ビジネスは、成長のマネジメントに必要な財務システムを確立しておかなければならない。素晴らしい製品をもち、市場において素晴らしい地位を占め、素晴らしい成長の可能性をもつベンチャー・ビジネスが、次から次へと登場してくる。しかしその多くが、突然、マネジメント不能となる。未収金、在庫、製造コスト、管理コスト、アフターサービス、流通、そのほかあらゆるものをマネジメントできなくなる。一つをコントロールできなくなると、あらゆることをコントロールできなくなる。それまでのシステムを超えて成長してしまったためである。

 

この続きは、次回に。

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