ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学 ㊻
第21章 成功した起業活性化に共通する「精神」とは
第19章と第20章では、「起業活性化」のための処方箋を、経営学の視点から考えました。
しかし、世界の起業研究ではそれにとどまりません。例えば、「どうすれば起業は成功しやすいか」に
ついても、既に膨大な研究があります。本書の紙幅だけではそのすべてを語ることはできませんので、
ここでは中でも「起業家精神」に焦点を絞ってみましょう。
起業家精神にも、成功しやすい「精神」とそうでない「精神」があるのでしょうか。
世界最先端の経営学者の答えはイエスです。これまでの研究の積み重ねて、成功する起業家精神が
明らかになってきているのです。
起業家の「精神」が研究対象
経営学の「起業家精神」を理解する上で最も知られたコンセプトは、「アントレプレナーシップ・
オリエンテーション」(以下、EO)です。EOは米国の企業研究者で知らないものはない、と言っても
よいほどのコンセプトといえます。
中でも金字塔になったのは、現インディアナ大学のジェフリー・コーヴィンとピッツバーグ大学の
デニス・スリーヴァンが1989年に「ストラテジック・マネジメント・ジャーナル」に発表した論文です。
この論文で両教授は、小規模企業が成功するために経営幹部に必要な「姿勢(Posture)に注目し、特に
革新性(Innovative) 、積極性(Proactive)、リスク志向性(Risk-taking)の三つが重要だと主張しました。
「革新性」とは新しいアイデアを積極的に取り入れる姿勢であり、「積極性」は前向きに事業を開拓
する姿勢、そして「リスク志向性」は不確実性の高い事業に好んで投資する姿勢のことです。
そして両教授はこれら3要素を定量化するために、米ペンシルベニア州の小企業161社の企業幹部に
アンケート調査をしました。
アンケートでは、「リスクの高い事業を好むか」「他者の行動に追随するよりも、むしろ他者が追随
するような行動を自らがとれる」など九つの項目を作り、それぞれに「賛同する・しない」を7段階で
質問しました。そしてそこから得られた結果を、因子分析という手法で定量化しました。
そして、この定量化された「経営幹部の姿勢」指数と企業業績の関係を検証したところ、「事業環境が
不安定な時には、経営幹部がこの三つの条件を満たしている企業ほど業績が良くなる」という傾向が
明らかになったのです。
この論文の発表以降、世界中の研究者がこれらを「EOの三姿勢」として、起業家分析に応用するように
なりました。EOの研究は国際的な学術誌に発表されたものでも100を超えます。
そして「EOの高い経営者の率いる企業は、業績が良くなる」という傾向は、研究者の間ではコンセン
サスとなりつつあります。最近の研究では、オランダ・アムステルダム大学のウオウター・スタムと
トム・エルフリングが2008年に「アカデミー・オブ・マネジメント・ジャーナル」(AMJ)に発表した
論文があります。
彼らはオランダのソフトウエア・ベンチャー87社を対象として統計分析をし、やはりEOの高い経営者の
いるベンチャーのほうが業績は高いという結果を得ています。
起業家の「パッション」は業績を高める。ただし—
さらに、一般に起業家精神に絶対に必要と言われるのが、起業家の情熱(パッション)です。
起業家が仕事にパッションを持つのは当然のことでしょう。しかし、いざ会社の経営を始めた時、
あるいは資金調達が必要なときに、パッションは本当にプラスに働くものなのでしょうか。
このテーマについては、経営学では研究成果が得られつつあります。
もともと「パッション」のような人の感情については、心理学分野で盛んに研究成果が蓄積されて
いました。
それを起業家精神に応用する試みが、始まっているのです。
ここでは米メリーランド大学のロバート・バウムとエドウィン・ロックが2004年に「ジャーナル・
オブ・アプライド・サイコロジー」に発表した研究を紹介しましょう。
この論文では、北米のベンチャー経営者229人に対してのアンケートデータを用いています。
このアンケートでは、経営者に「私は仕事を愛している」「仕事を離れても、すぐ戻る事を心待ちに
している」と言ったことに「賛同する・しない」を5段階で質問しています。
そして、これらのアンケート結果とベンチャーの成長率の関係を、構造方程式モデリング(Structural
Equation Modeling)という手法で解析したのです。
その結果は、実に興味深いものです。まず「経営者のパッションは、ベンチャーの成長率に直接は
影響を与えない」という結果になります。しかし他方で、「強いパッションのある経営者ほど、従業
員とのコミュニケーションを重視する傾向が強く、そしてコミュニケーションが盛んな企業ほど、その
成長率は高まる」という結果も同時に得られました。すなわち「経営者のパッション→コミュニケー
ションの活性化→ベンチャーの成長」という、パッションの「間接的な効果」が確認されたのです。
起業家のパッションが資金調達に有利に働く可能性を示したのは、米ワシントン大学のスレッシュ・
コータらが2009年にAMJ誌に発表した論文です。
この研究では、事業計画プレゼンテーションに参加したベンチャー・キャピタル(VC)投資家が、起業家の
プレゼンテーションに「パッション」を感じるほど、その起業家のベンチャーに投資する確率が高まる
ことを、実験やフィールドワーク・データによる統計解析から明らかにしています。
さて、ここまで読んで疑問を感じた方はいないでしょうか。
これらの研究は、幅広く色々な起業家を対象としています。
もちろん幅広い起業家を包括的に捉えた研究は重要です。しかし他方で、多くのみなさんにとって
本来の意味で、「大成功した起業家」といえば、例えばアップルを創ったスティーブ・ジョブズや
アマゾンの創業者ジェフ・ベゾスのような、これまでにない製品・サービスを打ち出し、世界に確信を
もたらしたごく一部の起業家のことなのではないでしょうか。
このような「革新的な起業家」の内面性に焦点を絞った研究はないのでしょうか。
実は2010年になってこの問いに答えを与えようとする研究が、3人の共同研究者によって「ストラテ
ジック・アントレプレナーシップ・ジャーナル」(SEJ)に発表された。
これが、EO、パッションに続いて本章で紹介したい「第三の起業家精神」です。
そしてその著書の一人こそが、「イノベーションのジレンマ」で有名な、米ハーバード大学のクレイ
トン・クリステンセンなのです。
この続きは、次回に。