ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学 -51
✔️ なぜMBAでケース分析が重要なのか
さらにいえば、ビジネススクールの経営学教育で教えられる分析ツールも、それぞれの「部分」に
焦点を定めたものです。
第1章で述べたようにMBAの経営戦略論の教科書には先端の経営学の研究成果が十分に反映されて
いないのですが、それはそれとして、各章はやはりそれぞれの「部分」にわかれています。
第1章は外部環境分析、第2章は企業リソースの分析、そして第3章は競争戦略、といった感じです。
その後の章では、提携戦略や、国際化戦略、垂直統合戦略などの「部分戦略」がそれぞれの章で
議論されます。
当然ながら、現実にはこれらの部分戦略は、互いに関係し合っています。しかし、「では経営者は
それらの部分をどうやってまとめあげて、一つの決断を下すべきか」について書かれた章が、教科書
にはないのです。
なぜこうなるのでしょうか。私は二つの理由があると考えています。
第一に、この「部分をつなぎ合わせる」ために必要な視点は、それぞれの業界・企業で大きく異なる
ことです。
私は、だからこそMBAでケース分析をすることが重要なのだと理解しています。
ケース分析では、一企業が置かれている具体的な状況を様々な角度から「部分分析」します。
そしてそれらをまとめあげ、その企業は今後どうすべきか、最終的な「一つの決断」について議論
するのです。
多くの教授がその時に重視するのは、「部分を通じての一貫性」です。
それぞれの部分分析から得られた結論に矛盾がないような一つの最終決断を導けるのが、理想的な
状況だと考えられているはずです(私のこのアプローチをとります)。
しかし「どのような条件なら部分同士が一貫性を持ち得るか」は、業界や企業の事情で様々です。
何より、一貫性のある「きれいな正解」はなかなか出るものではありません。だからこそ、教授と
生徒たちが思考トレーニングとして互いの意見をぶつけ合うケースディスカッションが、ビジネス・
プロフェッショナルを育成するMBAでは重要なのだ、と私は認識しています。
✔️ TPPを「一般均衡理論」で分析する限界
そして第二の理由は、先ほど述べたような理由で、経営学がまだそこまで発達していないということ
です。というよりも、これは社会科学にひそむ本質的な難しさともいえます。
経営学のお隣の経済学には、「一般均衡」という考えがあります。
一般均衡分析では、製品市場・労働者市場など、複数の市場(=部分)の相互関係を同時に分析できます。
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しかし、このような「全体を描いた」モデルでは、各部分における企業や消費者の行動を、ある程度
単純化する必要があります。そうしないと「部分同士」の整合性がとれなくなるからです。
「部分」を単純化することで、代わりに「全体の構造」を見えやすくしているのです。
このように「部分を厳密に理論化すること」と「『部分』の集合である『全体』の構造を理論化する
こと」は、トレードオフの関係にあるといえます。
なかなか「木を厳密に見て、同時に森をしっかり見る」と都合よくはいかないわけです。
そして経済学よりも歴史の浅い経営学では、部分と全体のトレードオフは、はるかに顕著です。
一般均衡のような理論も確立されていません。経営学者の多くは、それでも複雑な経営にひそむ真理を
探究するために、まずは「部分の分析」に力を注いでいるのです。
✔️ 経営理論が「全体を描ける」日は来るか
念のためですが、私はだから経営学は意味がない、と言いたいのではありません。むしろ、その逆です。
なぜなら、経営の「部分」を分析していくことは、学問的にも、実務においても、意味のあることだと
思うからです。「木を見ずに森だけ見る」のでは、意思決定の何もかもを勘や経験則だけに頼ることに
なりかねません。経営理論を学んだり、それに基づいた分析ツールや思考法を「思考の軸」として
使ったりすることは、経営者の「全体をまとめる」意思決定の助けとなるはずです。
だからこそ、MBA間の授業では理論やツールの勉強と、それらをまとめ上げるケース分析が組み合わ
されているともいえます。
言うまでもなく本書で紹介してきた知見も、その多くは部分における真理法則の探究に焦点を定めて
います。その限界と有意性を踏まえた上で、みなさんの思考の軸としてご活用いただければと思います。
さらに言えば、経営学者がこの問題を乗り越えようとしていることもまた確かです。「部分と全体」の
トレードオフに直面しながら、それでも「全体を描く理論」を生み出そうとする動きもあるのです。
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さらに、私は近年のビジネススクールとデザインスクールの連携に注目しています。
第6章で紹介したように、米スタンフォード大学やマサチューセッツ工科大学(MIT)など、海外の主要
大学の中には、ビジネススクールとデザインスクールの連携を進めているところが少なくありません。
いわゆる「デザイン思考」とは、複数の要素を一つのデザインとしてまとめあげる思考ともいえます。
したがってデザインスクールとの連携は、「全体をまとめあげる」理論を持たないビジネススクールが、
「経営のデザイン」を求めるための知を探究しようとしているのだ、とも受け取れるのです。
実際、今やIDEOなどの主要なデザイン企業はコンサルティング会社の領域に近付いて、経営コンサル
ティング会社の競合になりつつあるとも聞きます。
ビジネススクールとデザインスクールの連携で得られる、「部分の科学」と「全体のデザイン思考」が
融合すれば、ビジネスに有用な新しい知見・手法が、さらに生まれてくかもしれません。
今後のさらなる成果に期待したいところです。
この続きは、次回に。