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人を動かす経営 松下幸之助 ㉙

第四章   自省の経営

 

大将はいかにあるべきかとことん競争してやるぞと

 

人間だれしも腹の立つことがある。頭にきてカッとなって、あと先を考えずに—というような姿にも

陥ることがある。しかし、だれが考えてもわかるように、そういう姿に陥っては、結果はだいたいよ

くない。よくないだろう、ということはわかっている。しかし、さてとなると、わかっていてもどう

しようもない、ということになることもある。

私自身の場合でも、そういう経験がある。それは、ずっと以前のことであるが、ある製品について

非常に激しい競争が行われたことがあった。

私は、つね日ごろから、正しい意味での乱売競争はしてはならない、というように心がけていた。

ところが、いくらそういうように心がけてはいても、私も人間である。

競争が激しくなると、じっとおちついてはいられない。

ほかのところは次つぎと値を下げて競争をしかけてくる。松下電器も安くしなければ対抗できない。

どうするか。考えれば考えるほど腹が立ってくる。そこで、〝よし、こうなったら、うちもひとつ

とことん競争してやろう〟というように腹を決めた。腹を決めて、朝、会社へ出ていった。

当時、会社には加藤大観というお坊さんがいた。この人は、私の健康と長寿と、店の繁栄を祈って

くれていたお坊さんであるが、いつも会社にいた。

そこで、その朝、私は腹に決めたことをこのひとに話したのである。

「先生、実は私はこういうことを決心しました。しゃくにさわってどうしようもないから、いよいよ

徹底的に競争してやろうと思っているのです」

そうすると、その加藤さんは、静かに私の顔を見て言った。

「そうですか。それはなかなか勇ましいことですな。あなたがそこまで思い立ったのであればおやり

なさい。ただ、一時的な怒りにかられて、損得を超越してやろうとしているのだから、たとえそれで

大きな損をしても、気分がスッとするかもわからない。

しかし、その結果生まれる経営難は、かかえている何百人もの人に及ぶのです。それは大将のする

仕事ですか、どうですか。それには匹夫下郎のすることです。

大将というものはそんなことで怒ってはいけないのです。

他のところが乱売競争をしかけてきても、あなたが正しいと思ってやっているのであれば、決して

心配はいりません。乱売しているところへは、一時的にはお客が行くかもわかりません。しかし、

出船あれば入船もある、というのが世の常です。だから、向こうの方が安いからといって買うお客も

あれば、やはり同じようにあなたを信頼して、一時的なそういう乱売によって動かない、というお得

意もあるでしょう。だから心配はありません。

したがって、それに対抗してこちらも乱売競争をすることはしない方がいいと思います。けれども、

あなたが自分の感情にかられて、一時的な怒りに打ちかちがたいといってやるのであれば、それは

やってもよろしい。しかしそれは大将のすることではありませんよ」

 

これを聞いて私は、うーん、と考えてしまった。なんと言われようと、徹底的にやってやろう、と

思ってはいたけれども、待てよ、と考え直した。

腹はものすごく立っていたが、加藤さんの話も耳に入った。なるほど、と思った。

私はやはり大将である。大将はうかつに腹を立てて事をかまえてはいけないのである。

私は、ぐっと深呼吸をして自分をおさえた。がまんした。

「わかりました。もうやめておきます。私一人であれば、二日や三日食べなくてもかまいませんが、

みんなを食べさせないといけない。なるほど、これはおっしゃるとおり、大将のする事ではありません。

腹は立ちますが、私の方がじっとがまんしましょう」

そういうことで、私はなんとかがまんしたわけである。

松下電器から離れるお得意先もなくはなかったが、むしろ多くのお得意先はこれまで以上に松下電器を

信頼してくださった。そして、ありがたいことには従来以上の販売額をみるに至ったのである。

 

 

 

この続きは、次回に。

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