人を動かす経営 松下幸之助 ㉝
・ 心の転換をはかる—考え方によって熱も下がる
〝病は気から〟ということばもあるように、われわれの日ごろの心のもち方、精神状態は体の調子に
影響を及ぼし、健康を左右する面があるようだ。
しかし、われわれは日ごろ、そのことについて、果たしてどれほど心にとめ、注意しているだろうか。
私は先般、こういう体験をした。ある会社から頼まれて講演をすることになった。最近では声の調子も
あまり良くなく、講演はほとんどお断りしている。しかし、このときには、よんどころないことに
なって、お引き受けしてしまったのである。
ところが、その講演の前々日の夜になってから急に熱を出した。
はかってみると七度二分ある。これは困ったことになった、と思ってさっそく寝間に入って安静にした。
今晩中に熱が下がったらいいな、と願いつつ寝ていた。ところが熱は下がらない。
下がるどころか上がってきた。晩の九時頃になると、三十八度に上がった。
これはもっと上がっていくかもわからない、困ったなと思ったが、しかし明日一日休んで治せばいいと
考えていた。今までであればそれで終わりである。それだけのことである。
しかし、その夜の場合、私はいつもとちがうことを考えた。
何を考えたのかというと、熱が上がった原因はどこにあるのか、ということである。
原因があるはずである。カゼをひいたのか、それともどこか体に悪いところでもあるのか、そういう
ことを考えたのである。
いずれにしろ、私の体である。だからいってみれば自分自身が原因である。
とすれば、自分でそれを治せないものかどうか。こういうことをふと考えた。
初めてそういうことを考えた。なぜ考えたのかはわからない。
要は、自分自身で何か原因をつくっているのでないか、ということである。
それで、私は自分自身についてふり返ってみた。
私自身の最近の状況はどういうものか。どういう傾向があるか。そういうことを考えてみると、どうも
このごろは意のままにならないことが多い。
〝だれだれ君は私の言うことがわからない。だれだれ君はこういう不適切なことをやっている〟と
いう心の不満がたまっている。そのことに私は気がついた。
だから、そういう心の不満というものが、あるいは熱を出していえるのかもわからない。
もしそうであるとするならば、自分で考え直さないといけない。
考え直したならば、熱も下がっていくのではないか。そう考えて、私は、気にかかっている問題を
一つひとつ検討し、それを不満として考えている考え方を転換できないものかと吟味した。
たとえば、ある人がこれこれのことをしたということは、非常にけしからんことだと怒りをもって
見ていた。しかし、それをもう一度考え直して、ああいうことをやったのはむしろプラスに結びつく
かもしれない、そうだとすると怒りを抱くのではなく、むしろ感謝しなければならない、そうだと
すると怒りを抱くのではなく、むしろ感謝しなければならない、というように、自分の見方を変えて
みるわけである。すなわち、今までは自分の尺度で相手を判断して怒りを抱いたりしていたのを、
こんどは相手の立場にも立って、相手なりの尺度で見直してみる、ということである。
そのようにしてみると、自分の考えも変わり、怒りは感謝に変わることにもなった。
そうすると、ふしぎなことがおこった。しばらくすると、ちょっと楽になってきた。
体の調子がよくなってきた。それで、熱をはかってみると、五分ほど下がっている。
私はおどろいた。おどろくと同時に、やっぱり自分自身で熱をつくっているのだなと痛感した。
だから、これからはもう怒りをもたない。不満をもたない。
何事があってもありがたいということに徹しないといけない。こういうように考えた。
すると、またまたおどろいたことに、一時間ほどたつと、ふつうの熱まで下がってしまったのである。
ウソのような話である。が、これは私が実際に体験したことである。
もっとも、私自身にとっても初めての体験である。自分ながらまことに不思議な気がしたのであった。
結局、自分の出している熱は、自分自身が原因になっている。だから、自分の精神状態でその熱を
なくすことが可能である。こういうことの実験をしたわけである。
そういうことができるのであれば、今後、カゼなどの病気になっても、自分の心の転換で治すことが
できるのではないか、というような感じがしたわけである。
この続きは、次回に。