人を動かす経営 松下幸之助 ㉞
・ 自分の魂を売る—同じ品を安く売る他の店
この社会には、同じ商品を売っている店がたくさんある。そして自分の店の近くにも、全く同じ商品を
売る店ができることがある。それだけでも、やはり気になる。まして、その新しい店が同じ商品を
自分の店よりも安く売っているとなると、これはもうおちつけない。
不安にかられる。自分の店もやはり安くしないとやっていけない、ということになる。
そこで往々にして安売り競争が始まる場合も出てくる。しかし安売り競争をすれば、適正な利益が
得られなくなって、商売自体が成りたたなくなる。店を続けていけなくなってしまう。
悪くすれば共倒れである。だから、こういう問題はなかなか深刻である。
私も松下電器の製品を売っていただいているお店の方から、よくそんな話を聞いた。
なんといっても、松下電器の製品を販売していただいているお店はたくさんある。
一つの町にでも、いくつもある。そこで、あるとき、一つのお店の方がこう言われた。
「松下さん、他の店が一万円で売っているのに、うちだけそれよりも高い値段で売るなどということは
できません。だから、どうしても安く売る店に合わせて、うちも安くしてしまうのです。
そこで適正な利益もあがらず、困っています。なんとかなりませんか」
なんとかなりませんか、と言われても、本当はこちらも困るのである。しかし、この問題は販売の
上でつねにつきまとう大事な問題だけに、お互いにしっかりした考えを持たなければならないと思った。
だから、そのお店の心配というか悩みは、まことにもっともな面もあるが、ここでひとつ、それを
克服する考え方を確認しあわなければならないと思ったのである。
「あなたのお悩みはもっともです。よくわかります。しかし、他の店の値段をみて自分の店の値段を
決めるというのは、果たして正しい姿でしょうか。あなたの店にはあなたの店なりのサービスというか
特徴もあるのでしょう。そうしたものを総合した価値判断によって値段を決められるのが本当では
ないでとしょうか」
「それは松下さん、おっしゃるとおりです。私もそう思っています。しかし、いくらサービスをよく
しても、値段でこられたらもういけません。かないません。お手上げです」
そのお店の方は、そう言われた。いってみれば、値段がすべてであって、それしかない、というような
顔つきでそう言われる。そこで私は考えた。
この方は値段、値段ということで値段にとらわれているけれども、その値段というのは、この方は
商品だけしか考えていない。商品の値段だけが値段だと思っている。しかし本当にそうだろうか。
喫茶店で飲むコーヒーは、コーヒーだけの値段ならもっと安いはずである。
しかし実際にはコーヒーだけの値段よりもずっと高い値段がついていて、しかもお客はそれを喜んで
飲んでいる。だから、お店がつける値段というものは、その製品自体のほかにもいろいろなものの
値段がついているのではないだろうか。そこで私は言った。
「ひとつお聞きしますが、あなたのお店では、魂はタダなのですか。
私であれば、たとえ他の店では一万五百円の値段で売ることもあると思います。
そうすると、お客さんがきてたずねるでしょう。
『なぜよそよりも高く売るのか』。『これはもちろん、ものは同じです。しかし、私どもの店では
この品物にお添え物がつけてあります』。『どういうものをつけてくれるのか』。
『私どもの魂を添えております』と、こういうように答えるわけです。
つまり、あなたは、あなたのお店の魂をプラスして値段を決めたらよいと思うのです」
そのお店の方は、「ふーむ」といって考えこんだ。心の中で何か考えている。
そしてやがて大きくうなずくと、笑顔をみせて私にこう言われた。
「なるほど、松下さん、そういうことですか。そこまで考えなければならないわけですね。
よくわかりました。なるほどね。私はやっぱり商品自体の値段ばかりにとらわれていました。
どうしてもそれに目がいくのです。だから価格競争になってしまう。しかし、そういう魂というものを
考えるのであれば、私どもの店にも立派な魂があります。他に負けていません。
たしかに、それは無料にはできません。やはり、私どもの店の総合した魂というか、大きな意味での
サービス、これも値段の中に含めるべきです。
それを加算してはじめて、うちの店の値段になるのです。だから、やはり、自分の店の商品の値段に
なるのですね。少しくらい高くても、その高いというのは魂が入っているから高い。しかし、魂が
入っているから、何かあったときは、責任を持ってサービスもする。
いってみれば店の信用料が入っているわけですね」
そのお店の方は、ここから納得がいったというような顔つきで喜んで帰られた。
このときに、私が魂の値段ということをもち出したのは、いってみれば半分は冗談であった。
しかし、相手はそれでよく理解ができたようであった。
それでそのお店はそれから後も、さらに力強く商売を進めて、お客にも喜ばれつつ大いに成果をあげ
られるようになったということである。
この続きは、次回に。