IoTビジネス入門 ⑱
■ がん診断支援を実現する
LPixelという東京大学発のベンチャー企業では、がん細胞のMRIデータを人工知能に学習させることで、
「人工知能によるがん診断」の実現を進めています。
具体的には、患者の細胞の画像データを解析し、がん細胞の有無を判定する方法です。
人工知能の育成には、「教師データ」と呼ばれる多くのデータが必要になります。
そして日本は「MRI大国」と呼ばれるくらい、がんに関する画像データが豊富です。
そこで、LPixelは国立がん研究センターと共同で研究を行うことで、大量のMRI画像データを使って、
世界に先駆けて人工知能の学習を加速させています。
MRIの画像撮影技術も日々進歩していて、技術的には1秒間で4兆枚もの画像を撮影することが可能と
なっています。
しかし、ヒトが1人の患者の画像を4兆枚も見ることは不可能です。
そこで、デジタルの力を使い、大量のデータを高速に処理し、ヒトでは見ることができない量の膨大な
データを処理しています。
しかし、一口に細胞を画像解析するといっても、実際は1つの細胞を特徴づけるパラメーターは多く、
最低でも600くらいはあるのですが、その中でどの特徴が重要かを決めるには生物学の専門知識も必要に
なります。
こういった高度な診断が必要な病気についても、ヒトが診断する以上の精度で診断できれば、ヒトの
診断が必要な部分を絞り込み、深刻な医師不足にも対応していけるようになるのです。
他にも、医療が進んでいない国や地域でも、最先端の医療が受けられるようになる可能性を秘めて
います。
この例からは、専門性というアドバンテージがあり、かつ教師データとなるデータが多い環境下で
人工知能をつくっていくことで、大きな差別化が可能なビジネスを行うことができることがわかりました。
■ ヘルスケア分野でのIoT
ヘルスケアの分野にも目を向けてみましょう。
日本でもストレスチェックなどを義務化する動きが出てきました。
厚生労働省の指示によると、「定期的に労働者のストレスの状況について検査を行い、本人にその結果を
通知して自らのストレスの状況について気付きを促し、個人のメンタルヘルス不調のリスクを低減させる
とともに、検査結果を集団的に分析し、職場環境の改善につながる」のだということです。
実際はアンケートに答える程度のストレスチェックなので、数字でストレス状態を把握するものでは
ないので、今後チェック自体は義務化されます。
その流れに合わせるように、様々な身体に身につける「ウェアラブル」製品が登場しています。
この分野は長らく日本のオムロンが優秀だったのですが、最近、米国Fitbit社がスマートフォンの普及に
合わせてウェアラブルバンド『Fitbit』が、米国で一大ブームを巻き起こし、一気に広がりました。
その後、有名ブランドとのタイアップや、多機能化を進めている状態です。
メガネを活用したモノも登場しています。
メガネブランドJINSが発表したウェアラブルメガネ『JONS MEME』もそのひとつです。
このメガネは、鼻にかかるブリッジのところに電極が付いていて目の周りの筋肉の動きをセンシング
することができます。
目の周りの筋肉をセンシングすると、疲れているとか、ストレスが多い、眠気が出てきたなど、様々な
ことがわかるというのです。さらに、このメガネはカラダの傾きを探知することもできます。
スポーツタイプのサングラスも発表されていて、このメガネやサングラスを着けて走ると、専用の
ランニングアプリで体幹のズレがわかります。
体幹のズレはランニングフォームを崩し、結果的にスピードが出なかったり、カラダを痛める可能性が
あります。そこで、課題を改善するためのアドバイスをしてくれるアプリ「JINE MEME TAIKAN」も
リリースされました。このアプリを通して、体幹を鍛えることもできるのです。
IoTメガネといえば、Google Class に代表される映像系のモノが多い中、日常的に利用しているメガネや
サングラスを使って、カラダの状態を策定し、改善していくという発想が新しく、メガネメーカーと
しての強みも活かされているモノだといえます。
Google Classや、バーチャルリアリティのヘッドマウントディスプレイのような、普段の生活で着ける
には抵抗があるようなモノはこれまでもありました。
しかし、「日常的につけていても違和感がないメガネ」をスマートフォンにつなぐことで、メガネプラス
アルファの価値を生むというモノはありませんでした。
では、JINSは、なぜこのような商品を開発したのでしょうか。
実は、2010年に関越自動車道で起きた、高速バスドライバーの居眠り事故に端を発するというのです。
眠気の状態やカラダのコンディションがわかればこういう事故は起きなかったのではないか、という
ところからスタートしたのです。
みなさんがつくっているモノも、もしインターネットにつながらなさそうだと感じた場合でも、IoTとは
関係ないモノと片づけず、夢や絵空事でも良いので、つながった世界を空想すると、全くこれまでにない
モノを生み出す第一歩を踏み出せるでしょう。
■ IoTによる医療とヘルスケアの未来
医療とヘルスケアの分野におけるIoTは潜在的にとても大きなマーケットで、期待も高い分野です。
これまで紹介した例を見るとわかるように、医療分野については、現状では認可の問題もあってIoT機器が
直接病気を治すことはなく、予防したり、計測したりするようなモノが多くを占めています。
一方、ヘルスケアの分野は参入障壁も低く、スタートアップ企業がウェアラブルデバイスなどから
参入するのは比較的容易な環境といえます。
しかし、日本では、なかなかウェアラブルデバイスを活用したマーケットは立ち上がりを見せません。
ウェアラブルデバイスの利用が進まない理由としては、日常付けている時計や洋服を替えてまで得られる
メリットが感じづらい、というところが大きいのです。
たとえば、「何かを身に着けていると痩せる」、「何かを着けていると調子が良くなる」といった
モノであれば持ちたい、身に付けたい、と思うのではないでしょうか。
たとえば、ヘルスケアのところで説明した、JINS MEMEは、眠気やストレス状態を感知し、クルマの
ドライバーに警鐘を鳴らしてくれます。
さらに、メガネやサングラスがとらえた体幹のズレを取得することで、体のズレを治すのに必要な
トレーニングを豊富に準備された体幹を鍛えるトレーニングメニューから提案してくれます。
今後は、この例のように、単にセンシングした情報を可視化するだけでなく、センシングしたデータから、
具体的な改善案までを提示してくれる、何回でもアドバイスしてくれるモノが増えてくるでしょう。
スポーツの分野では、バットのスイングを矯正するものや、筋トレの際に効果が出やすい姿勢を提案
してくれるようなモノなどがすでに出てきています。
今後、ヘルスケア分野へ参入を考えている方は、そういった「ヒトへのフィードバックをどう行うか」
について考えたモノをつくっていくことが重要なのです。
この続きは、次回に。